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マージ―の悩み事  作者: しんた☆
6/11

6 訓練はハードモード

 自宅に戻ったマージョリーに、母が声を掛けた。


「それで、貴方はなにもしないつもりの? 彼の謹慎はどう考えてもおかしいですわよね」


 彼とはもちろんミハエルのことだ。トイレ騒動が落ち着いたことで、ミハエルの件も解決したものと思っていた自分を恥じた。マージョリーは、早速翌日の朝にはトイレ掃除の完了報告をする機会に事務職員に罹っている魅了魔法を解除してみた。解除の瞬間、かすかに感じた魔法の気配ははやりベイカーの物だ。すると、職員の表情が変わり、どうしてトイレ掃除などさせていたのかと首をひねっていた。

どうやらベイカーの魅了で間違いなさそうだと確信すると、すぐに校長室に向かった。魅了魔法を解かれた校長は、事の次第を聞いて頭を抱えた。すぐにミハエルの謹慎を解くと、二人に事情を説明すると告げた。

午後になって、校長室で待っていたマージョリーの元にやってきたミハエルは、彼女を見つけた途端、破顔した。


「マージ―、ありがとう。君なら解決してくれると思っていたよ」

「き、君だなんて…」


 ミハエルの視線が、いつになく優し気で、マージョリーは戸惑ってしまった。ほどなくして、校長が入ってくると、事の顛末を説明された。


「甥のグレッグは、遠い北の領地に連れ戻されたよ。もう、ここに来ることはないだろう。その節は迷惑をかけてすまなかったね。それで、ベイカーだが、職員としては除籍処分になった。しかし、現在は行方不明だ。まだ油断できないが、学校として総力を挙げて探している。それから、ベイカーの代わりに新たな教諭が赴任することになった。ちょうど挨拶に来てくれているから君たちにも紹介しよう」


 そう言うと、校長は自ら立ち上がって、新しい教諭を呼びに行った。その様子に微かな違和感を覚えた二人はちらっと視線を合わせるが、思いつく考えはない。すると、静かにドアを開ける音がして、校長と一緒にすらりと背の高い美丈夫が入ってきた。美しい銀髪を垂らし、アクアマリンの瞳は相手の内面まで見透かしてしまいそうなほど澄んでいる。知性を感じる口元は微かに笑みをたたえ、総じて穏やかな印象だ。


「こちらが、新しい教諭のアラン・シャリエール公爵令息だ」

「ミハエル・ヒルシュベルガーです」

「ああ、良く知っているよ。イワンは元気にしているかい?」

「ええ、おかげさまで」


 アランは、イワンの学友だと言う。そうでなくとも、夜会に出席しているミハエルは、アランが非常にモテる遊び上手な大人であることは知っていて、微かに不安をのぞかせた。


「マージョリー・ウェリントンです」

「ふ~ん、君は初めて見る子だね。夜会には参加していない? こんなに美しければ、一目見れば忘れないはずだけど」

「・・・そ、そんな」

「先生。夜会は学校とは関係ないのではないでしょうか」

「ふふ。そうだね。では、明日から、よろしくね」


 不意に割って入ったミハエルを面白そうに一瞥して、アランは席を立った。


「では、校長先生。僕たちも失礼します」

「ああ、そうだね。気を付けて帰りたまえ」


 馬車の待つ校門前までの道を、二人で歩く。多くの生徒が帰った後なので、二人が並んでいても、騒がれることもない。


「こんな風に二人並んで歩くのも、久しぶりですわね」

「そうだな」


 茶化してくるのかと思えば、言葉少なに答える。ふいに手が触れあって顔を上げると、拗ねたように口を尖らせたミハエルが、急にぎゅっと手を握ってすたすたと速度をあげてきた。


「あんな奴に、にこにこする必要はない」

「え? ちょ、ちょっと…」


 珍しく感情的に言い放つが、ふっと握り締めた手の力を抜くと、ちらっとマージョリーの様子を伺ってきた。こんな風に弱気な姿を見せるのは初めてだ。マージョリーの胸の辺りで何かがキュンと音を立てた。そのまま馬車に乗り込むと、ミハエルに見送られて自宅に帰り着いた。


「お嬢様、紅茶が冷めてしまいますわ」


 不意に声を掛けられて、マージョリーははっとする。学校でのミハエルのあの弱気な姿がちらついて、つい考え事をしてしまうのだ。


「ふふふ。何かありましたね?」

「な、何もないわ。もう、アンナのいじわる」


 そんな風に言い返しながらも、そっとイヤリングに触れてしまうマージョリーだった。


翌日からは、アランの授業が始まった。学校にやってきたときから、女子生徒たちが騒ぎ出し、アランは注目の的になっている。スペシャリスト科の生徒の中にも、さっそくアランのファンクラブが出来たほどだ。しかし、実際に授業が始まると、そんな生ぬるい空気は一層された。

簡単な講義を済ませると、鍛錬場に場所を移し、皆で協力して魔獣を討伐せよと言う。もちろん、アランの作った偽の魔獣だが、なかなかに手ごわい。普段個人で鍛錬するばかりだった生徒たちは、連携が図れず苦戦を強いられた。


「ばらばらに戦っても仕方がない。班ごとに標的を決めて戦おう。マージョリー、お前は負けそうな班の補助に入ってやれ。俺は残りの魔獣を片付ける!」

「了解!」


 ミハエルの采配で生徒たちは班に分かれ、的確に魔獣を倒し始めた。サラのいるグループは、攻撃力は劣るがポーションを潤沢に持っているので疲弊することなく戦い続けている。時折マージョリーが助け舟を出す程度で、十分戦えていた。ちらっと振り向けば、ミハエルが次々魔獣を倒している。


「さすがね」


 そう思った瞬間、ミハエルの叫び声が聞こえた。


「デニス! 後だ!」

「うわっ!」


 魔獣のしっぽにはり倒されて、ぼろ雑巾のように転がるデニスをマージョリーが受け止め治癒魔法を施すと、すぐにサラと交替する。少しずつ場の空気に慣れたサラも、おどおどすることなく、すぐさまポーションをデニスに与えていた。


「こんなことぐらいで音を上げてどうする。それでもスペシャリスト科なのか?」


 息の上がった生徒たちに、言い返す気力は残っていない。


「君、デニスだったか。動きが悪いな。視野がせますぎる。もう少し全体の動きを意識しろ。こっちで特別に練習させてやろう」


 そういうと、鍛錬場の中にデニスの周りだけの空間が作られ、吸血蝙蝠の魔獣が数匹現われて、デニスを襲いだした。


「ひどい!」


 周りの生徒が茫然としている中、止めに入ろうとするマージョリーを、ミハエルが引き留めた。


「あれは、幻獣だ。それよりも、自分の周りの魔獣の存在を忘れるな」


 会話をしながらも、次々襲ってくる魔獣に対応しているうちにあっという間に午前の授業が終わった。


「もうだめ。私、付いて行けそうにないわ」

「そんなことないですわ。初めは戸惑ってたけど、どんどん立ち回りがうまくなっていましたよ」


 昼食を食べながら、ぐったりするサラを励ましていた。みんな一応に疲れが見える中、突然教室に、「キャー!」と黄色い声があがって、他の科の女子生徒が騒ぎ出した。アランだ。午後からの座学の教諭が変更になったと知らせに来たのだ。スペシャリスト科の生徒の安堵の顔とアラン見たさにやってきた他の科の女子たちの顔の落差は大きい。


「な、何か御用ですか?」

「ふふ。ランチ中にまで課題を言い渡したりしないよ。それよりマージョリー君、まさか君があの暴れん坊マージ―だったとは驚いたよ」

「…。え?」


 楽し気に話すアランに、思わず素の返事をしてしまうマージョリーだった。


「イワンから暴れん坊マージ―の話はよく聞いていたんだが、まさか自分の生徒だったとはね」

「イワン?」


 その名前でピンときた。イワンとはミハエルの兄で、幼い頃はよく3人で遊んでいたのだ。マージョリーは思わずミハエルに目をやると、案の定、苦虫を潰したような顔でこちらを見ていた。


「次の授業で君の魔法出力を調べてみよう。幼い頃より魔法の制御は出来るようになっているようだが、まだ未知の部分も多そうだ。極限状態に置かれてこそ、人は力をつけるモノだ。イワンの弟もそうやって身を守るすべを身に着けたはずだ。ふふ。楽しみだね」


 アランが颯爽と教室を出ていくと、教室内の憐みの視線がマージョリーに集中した。


 翌日、案の定マージョリーは個別の空間で魔獣や岩石と戦う羽目になった。もちろん、アランが作り出したモノだ。四方八方から襲い掛かる魔獣たちを、あらゆる属性の魔法で叩きのめすマージョリーに、クラスの男子は今まで以上に恐怖した。


「お、おい。あんなに同時に魔獣が襲い掛かってるのに、ケガ一つ無いって、どういうことだよ。ゴールデンゴリラなんて甘いもんじゃすまされないぞ」

「ああ、アイツは絶対敵に回しちゃいけないヤツだ」

「お前たち、なにを甘えたことを言ってるんだ!どんなに製薬に長けていても、統率力があっても、己を守れなければ話にならない。覚えておけ。ここで教えているのは、最低限の自己防衛力だ。あの空間の中で起こっていることが、この国全体で起こったとしたら、あいつに君たちの安全を守れると思うのか?」


 その言葉に、生徒たちはやっとこの授業の意味を知った。


「共に戦うことになっても、仲間の力量を知っておくことは大切だ。まだキナ臭さの残る隣国との小競り合いや、突発的に表れる魔獣たちに対処するには優れた統率力と人材管理能力が求められる。ミハエルのように優れた統率力やサラの様に突出した製薬能力があれば、敵に狙われやすい。それに対処できなくては意味がないんだ。」

「でも、戦闘は戦闘科の人が動くんじゃないんですか?」


 不安げに尋ねたのはデニスだ。


「ふ。あれらはコマに過ぎない。戦略的に戦うためには、どこを狙う?」


 アランは見たこともない黒い笑顔を見せた。デニスはのけ反るようにして口を閉ざした。


 帰りの馬車の中では、その日もマージョリーの胸にテントウムシが止まっている。


「おい、大丈夫か? さすがに今日の鍛錬はきつかったよな」

「はぁ、あんなに本気出したのは久しぶりだわ。もうくたくたで…」

「おい、こんなところで寝る奴があるか。起きろよ」

「明日からは、もっと…あなたも…」


 マージョリーの言葉はほぼ寝言へと変わっていった。ミハエルは傍にあったケットをマージョリーに掛けてやると、そっと馬車から飛び立った。



つづく

読んでくださってありがとうございます。

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