3 誘拐?
「なんてことをなさるの?!」
「おい!」
男子生徒が声を掛けると、いつの間にか待機していた他の男子に両腕を掴まれた。
「なんですの!?」
「学校に余計な事を言われたら困るんだよ。へぇ、なかなかかわいい顔してるじゃないか。俺の家で飼ってやるよ。連れていけ」
「放しなさい! 失礼よ!」
マージョリーが抵抗すると、連れの男子が手刀で気絶させ、近くの馬車に放り込んだ。取り残されたミハエルに気が付いたのは、マージョリーの迎えの馬車に乗っている御者だった。
「かわいそうに、こんなにきれいな小鳥が倒れているなんて。お嬢様が来られるまで、馬車の中で休ませてやろう」
そっと馬車の中に小鳥を寝かせると、そのまま帰らないお嬢様を待ちながら、馬車の手入れに余念がない。馬車の中で気が付いたミハエルは、慌てて窓から外に出て、学校に戻った。
「そんなに慌ててどうしたのです」
「先生、すみません。さっき、マージョリー・ウェリントン嬢がこの学校の生徒に連れ去られるのを見たのです。生徒の顔写真が分かるものはありますか?」
「なんですって!」
教師の声は、ほとんど悲鳴だった。ミハエルは、生徒名鑑をめくりながら、不思議堂であったことを伝えた。もちろん小鳥に変化していたことは伏せている。攫われたというのも、状況判断で見出した結果だ。
「貴方たち、あの不思議堂に入ったの?」
「いいえ。近くを通っただけです。ですが、不思議な場面が頭に入ってきました。それを小遣い稼ぎに使っている生徒がいるのです。それに気づいた彼女が攫われたんです。 あ、あった!」
「あら、彼は5年も前に卒業しているはずよ。グレッグ・モッズ。豊かな魔力持ちなのに、感情のコントロールが苦手で、制御できないでいたの。ご家庭が複雑みたいで」
「先生、どんなに辛い境遇にいても、やっていいことと悪いことがあるでしょう。こいつの居場所を教えてください!」
「ああ、だけど、そう簡単に他の生徒に教えるわけには…」
「先生! 彼女になにかあったら、責任、取れるんですか?」
教師から無理やり居場所を聞き出したミハエルは、すぐさま鳩に変化して飛び立った。
「今、生徒が飛び出していったようだが、何かあったのか?」
「ああ、校長先生。大変なんです」
教師の話を聞くと、校長はすぐさま転移魔法を使った。
仲間を帰して、気を失ったままのミシェルを担いだグレッグが門をくぐろうとした時、目の前にシュバルツ校長が現われた。
「その生徒を離しなさい」
「何の用だ」
「生徒を守るのが校長の役目だ。すぐに離しなさい」
「ちっ、うるさいんだよ。おじさんが生活費を寄こせば、こんなことしなくてもよかったんだよ」
「25歳にもなって、はずかしくないのか。魔力だって決して少なくない。ちゃんと訓練して制御出来たら、いろんな職につけるんじゃないか」
「御託は聞きたくない!」
言うが早いか、グレッグは校長目掛けて雷の魔法を放つ。校長は魔法で盾を作っているが、連続して打たれる雷にじわじわと押され気味だ。
「彼女を離せ!」
遅れてやってきたのはミハエルだ。到着するなり、ミハエルは強い水の魔法をグレッグにお見舞いした。
「なんだ、水鉄砲で俺が倒せると思ったか?」
「あんたの魔法が雷の系列なら、これで魔法は打てないはずだ。」
「ふん、小僧、お前の目は節穴か? 俺が今、魔法を使えば、この子も道連れになるんだぞ」
「グレッグ! お前というやつは…」
悔しがる校長をよそに、ミハエルは声を張り上げる。
「いつまで寝てるんだよ、マージ―。そんな男に触られてていいのか?」
「良いわけがないですわ! 何が目的か聞き出そうと思っていましたのに。…もう、放しなさい!」
言うが早いか、マージョリーが放った魔法に、グレッグは吹き飛ばされ、壁に激突して気を失った。
「まったく、女性の扱い方もご存知ないのかしら。そんなことより、ミシャ! あなた、大丈夫でしたの?」
「ああ、ウェリントン家の御者が気づいてくれて助かった」
「もう、あなたは魔法の使い手として名高いヒルシュベルガー家の人間だというのに、うかつすぎるのではなくて? 変化ばかりに頼っていては、隙が出来てしまいますわ」
気が付いた途端、くどくどとミハエルに説教をする女子生徒に、校長は思わず笑ってしまった。
「なかなか威勢のいいお嬢さんだね。まさかヒルシュベルガー家のご令息をここまでコテンパンに叱るご令嬢がいるとは」
「先生。あの不思議堂の中には、いったい何が入っていますの。私たちは、元々クラスの友人があの不思議堂の近くで怖いシーンをみたことから、問題がないか調べるためにあの場所に行ったのですよ」
「そうか。中にしまってある魔道具が何かのはずみで動いているのかもしれないな。すぐに調べてみよう。迷惑をかけたな。こいつは、私の甥なんだが、甘ったれでわがままばかり言って、使用人たちはどんどんやめていった。そんな折に父親が病気で倒れ、看病と息子のわがままに疲れた母親は一人逃げ出した。自分で立つことを知らない人間は哀れだ。すべてを他人のせいにする。こいつはしばらく保護観察だな。さて、私はこれで」
校長はそれだけ言うと、グレッグに監視の魔法をかけ、すっと姿を消した。
「まぁ、見事な転移ですわね」
「嫌味か」
翌日、ミハエルは普通の姿のままウェリントン家に現れた。
「マージ―、おはよう。今日は、これを渡しておこうと思ってね」
「あら。なんでしょう?」
掌に乗せられたのは、透明度の高いエメラルドのハートが揺れるイヤリングだった。そのハートを包み込むように金の細工があしらわれている。
「通信魔法を練りこんだから、これでいつでも通信できる。あの不思議堂、まだ油断できないと思うんだ」
「そうですわね。感電する小鳥など、もう見たくありませんし」
「つけてあげるよ」
「いえ、自分ででき…」
返事より先に、イヤリングを手にしたミハエルが、顔を覗き込むようにしてマージョリーの耳たぶに手を添える。首筋にミハエルの吐息がかかって、思わず硬直した。
「あらあら。仲良しさんですこと。ミハエルさん、ご無沙汰ですわね。侯爵様ご夫妻はお元気ですの?」
「お久しぶりです。ウェリントン伯爵夫人。はい、元気にしています。また、機会があればこちらにも来るでしょうから、夜会などでお目に掛かれるかと」
「それで? さっきのは、どういう状況ですの?」
あからさまに楽しそうなウェリントン伯爵夫人を娘が睨む。
「お母さま、そんな風にからかわないで。彼は私の戦友よ。作戦を練ったり情報交換をするためのツールをもらっただけよ」
「まぁ、そうなの。なんだか素敵なツールですこと」
「では、ウェリントン伯爵夫人、僕はこれで失礼します」
「そうね。マージ―も時間よ。学校に遅れないようにね」
学校に到着すると、マージョリーは真っ先に、サラに昨日のミハエルの意見を伝えた。
「そういえばそうですわね。ああ、やっぱりマージーに相談して良かったですわ。これで安心して劇の練習ができますもの」
「ええ、がんばりましょう。私も大道具、がんばりますわよ。あと少しで完成ですもの」
放課後になって、イヤリングから声が聞こえていた。
『マージ―、裏庭の様子がおかしい。なんだか禍々しい魔力を感じないか?」』
『おかしいですわね。昨日までは何も感じなかったのに』
マージョリーはちらりと声の主に目を向けた。しかし、そこには女子に囲まれて困り果てている戦友がいるだけだ。なるほど、これは念話だったのか。ただの通信機ではないことに感心した。
そっと窓側まで行って裏庭のあたりを眺めると、不思議堂のあたりにゆらめくような光が見えた。
『不思議堂辺りで光が揺らめいていますわ。何かあるのかしら。ちょっと偵察に行ってみます』
『待て、危険かもしれないだろ。俺が行く』
「はあ、少し休憩してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。マージョリー様はずっと魔力で製作してくださっていたのですもの、外の空気でリフレッシュなさってください」
同じ作業班の女子がにこやかに送り出す。
「ちょっとトイレ」
ミハエルもさりげなくその場を離れた。しかしタイミングが悪かった。二人が教室の出口でばったり遭遇すると、すぐさま女子の悲鳴が広がったのだ。
「いやー!美男と美女がばったりだなんて、何かがはじまってしまうわ!」
「ああ、マージョリー様、私たちの憧れの君を奪わないで~」
「ミハエル様、お願いです。私たちの女神を奪わないでー」
二人はすぐさま左右に分かれて教室を出ると、経路を分けて不思議堂を目指した。
つづく
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