2 不思議堂のほとりで
数日経った放課後、先生から声がかかった。
「マージョリー君。君はサラ君と親しかったよね? もう3日も休んでいるんだが、なにか事情を知らないかい?」
要するに、マージョリーに見舞いがてら様子を見てきてほしいということだった。それ、先生のお仕事ではなくて? っと言いたいところだが、サラは数少ない普通に話をしてくれる友人だ。さっそく手紙鳥でブライトン家に訪問する旨の手紙を届け、帰り道にサラの邸宅に立ち寄ることにした。
「ウェリントン伯爵家のお嬢様、 よくぞお越しくださいました。どうぞこちらに」
「サラさんにお目に掛かれるかしら。学校を休んでいたので心配で」
「もちろんでございます。サラお嬢様も喜ばれますわ!」
ブライトン家の侍女に案内されて、早速、サラの部屋に向かった。
「サラ、体調はいかが?」
「え…。マージ―? ああ、もうお迎えが来たのかしら。天使様がマージ―そっくりだなんて、私は幸せ者だわ」
「サラ! しっかりして。私は本物よ。何があったの?」
ベッドわきのスツールに座り込んで、サラに呼びかけるマージョリーをぼんやり見ていたサラは、はっと我に返って目の前の親友に抱きついた。
「マージー! どうしましょう。私、誰かに殺されるみたいなの」
「どういうこと? 何があったの?」
サラは安心したのか涙をぽろぽろとこぼしながら訴えた。
「四日前、校舎の裏手にある薬草畑に行ったら、突然頭の中に、刃物を持った男の人に襲われる場面が出てきて、それがあまりにリアルで、外に出るのが怖くなったの」
「裏手の薬草畑?」
「ええ、あの不思議堂とか言う建物のすぐ横よ。私、薬草を使ったポーションを作るのが趣味なの。あの湿った場所は薬草を育てるのにちょうどよくて…」
「ねえ、サラ。その場面って、周りはどんなだったの? 薬草畑ではなかったってこと?」
サラは小首をかしげて考える。
「薬草畑ではなかったと思うわ。そうねぇ。なんだかとてもまぶしくて光に囲まれているような感じで、男の人は逆光になっていて顔は見えなかったわ。あ、そういえば、その時の私の服装がとても変で、なんだかペラペラのドレスを着ていたの。あんな服装、普段はしないんだけど」
マージョリーはじっと考え込んでいたが、ぽつりとつぶやいた。
「じゃあ、ぺらぺらのドレスを着なければいいんじゃないかしら。たとえ、その場面が予知夢のようなものだったとしても、服装が違っていれば、同じことは起こらないはずよ。サラ、みんなが心配しているわ。明日は学校で会いましょう」
「マージ―…。ありがとう。明日はがんばってみるわ」
馬車に乗り込んで帰路についても、じっと考え込んでいた。
「予知夢なんて、本当にあるのかしら」
「どうしたんだ? 俺たちの未来でも見えたのか?」
「ちょっと…、またそんなところにくっついて! あなたにはプライドってものがありませんの?」
「いやぁ、マージ―ったらいつの間にこんなにお胸がぷるんぷるんになったんだよ。ふわふわで乗り心地サイコ…!」
バシン!
「やっべ! おまえ、ホントに殺す気か?!」
「うるさい! 殺しても死なないくせに!」
「おお~こわ! お嬢様言葉はどこに行ったんだ? それで、予知夢って何だったんだよ」
マージョリーはふぅっと息を吐くと、今日の出来事を簡単にミハエルに話して聞かせた。
「ふ~ん、予知夢ねぇ。明日、その不思議堂ってところに行ってみないか? 何か分かるかもしれないぞ」
「そうね。でもテントウムシはダメですわよ!」
「ちぇっ」
次の日の放課後、マージョリーは不思議堂の近くにやってきた。サラの話通り、隣の畑には薬草が青々と茂っていた。学校に問い合わせると、不思議堂とは物置小屋なのだと言う。しかし、他の生徒に聞いてみると、未来が見える魔道具があるとひそかに噂が広がっているという。マージョリーが一歩踏み出そうとしたとき、小鳥が一羽、その肩に留った。
「じゃあ、行きますわよ」
一人と一羽は深呼吸すると、不思議堂へと進んでいった。不思議堂の1メートル手前には、簡単な柵が張り巡らされて、それ以上近づけないようになっていた。そこに何か透明の膜のようなものがあるのを感じたのだ。建物の周りを見まわっていると、校舎と反対側に柵の低い場所があった。そのまま乗り越えて進むと、頭の中にぶわっと何かの場面が見えた。いや、感じたのだ。
誰かが自分を愛おしそうにぎゅっと抱きしめている。自分の心臓は破裂しそうにバクバク暴れまわっていて、今にも気を失いそうだ。
『マージョリー、もうどこにも行かないでくれ』
耳元で、囁かれる聞きなれた声。吐息がかかって頭がクラクラする。
「お、おい! 大丈夫か!」
「ミシャ…?」
「きゅ、急に倒れたからびっくりしたぞ」
気が付いたら、マージョリーは抱きかかえられていた。よく見ると、ミハエルの耳も心なしか赤い。まさか、相手はミハエルだったの? そう思うと余計にドキドキしてしまう。
「な、何か見えましたの?」
「え、俺? う、うん。マージ―と取っ組み合いしてた」
「はぁ? この歳になって取っ組み合いなんていたしませんわ。どんなケンカよ」
「それより、おまえはどうなんだよ。倒れるぐらいショックな内容なのか?」
ミハエルに突っ込まれると、一気に真っ赤になった。
「だ、誰かに抱きしめられていましたわ。心臓がどきどきして頭がクラクラしてしまいましたの」
「だ、誰に?!」
「分かりませんわ。腕の中に閉じ込められていたから、顔は見えなかったんですもの」
「へぇ、怖いもの知らずって、いるんだなぁ」
ミハエルはさっさと小鳥に変化して空に飛び立った。
「だけど、本当にこれが予知夢だとしたら、この不思議堂の中に何かあるんじゃないか?」
「そうですわよねぇ」
二人が考え込んでいると、後ろから男子の声がかかった。
「おい、君はこんなところで何をしているんだ? 占いなら、水曜日の放課後と決まっている。他の日はこの辺りは立ち入り禁止だ。帰りたまえ」
「すみません。私の飼っている小鳥が逃げ出してしまって。ほら、ミシャ。いらっしゃい」
マージェリーが手を差し伸べると、ミハエルはおとなしくその指に留った。そして、なんでもない素振りで男子生徒に頭を下げると、校舎の向こうに帰っていった。
「ねぇ、今の先輩ですわよね? なんだか怪しくなくて?」
「そういえば、占いは水曜日ってだれか言ってたな。その時は、夢ゲートとかいう作り物の門まで出してきて、1回5ドル払うらしいぞ」
「まぁ、こんなところでお金儲けですの?」
翌日、もうすぐやってくる親睦行事のクラス対抗の劇の内容を決めることになった。話しの流れで、演目は白雪姫となり、主役にはサラが選ばれた。みんなが拍手する中、ちらっとミハエルがマージョリーに目配せするのが見えた。
帰り道、再び小鳥になったミハエルが肩の上で熱弁する。
「サラが見た予知夢って、白雪姫のことだったんじゃないか? たしか狩人に殺されそうになるって話だろ?」
「そうだわ。ライトを浴びたようにまぶしかったって話でしたわ。それに、ペラペラのドレスは、きっと衣裳のことだったのですわね」
伯爵家の馬車まであと少しというところで、一人と一羽の行く手を阻む者が現われた。全身からビリビリと静電気が放出されている。
「何か?」
「不思議堂でうろちょろしていたのは、おまえか?」
「いいえ、この子ですわ。鳥かごに入れていたはずなのに」
「あそこで何を見た。おまえ、なにか知っているんだろう?」
「何のお話でしょう?」
とぼけるマージョリーが身構えていると、バチっと音を立ててミハエルが小鳥のまま地面に倒れこんだ。
つづく
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