1 憧れの王立魔術学校
以前に短編で掲載していた「ミシェルの憂鬱」を長いお話に書き換えて見ました。
ミシェルはマージョリーに名前が変わっています。
ここは、王立魔術学校。今年も入学試験に合格した者の名前が、掲示板に張り出された。それを見に訪れる者も様々で、本人がやってきて仲間たちと大騒ぎする者や、残念そうに首を垂れる子に慰める親などだ。ここに来ているのは、ほとんどが平民か下級貴族だ。後は上級貴族の使用人と言ったところだ。そんなところに、美しい金髪を後ろで束ね、エメラルドの瞳に力を込めて佇む少女が一人。掲示板を睨みつけていた。
「あった…。」
その口元からは、りりしい見た目とは裏腹にやっと不安から解放されたようなか安堵がにじむ。大きく深呼吸すると、少女はくるりと踵を返して御者の待つ馬車へと颯爽と帰っていった。もちろん、少し離れた位置にいた護衛がそれを追う。彼女の名はマージョリー・ウェリントン。伯爵令嬢だ。常に貴族としての品位を失わず知的で優雅であるよう、しっかり教育されている彼女は、生まれながらにして膨大な魔力を持っている。
「ねえ、あのお姿、マージョリー様ではないかしら?」
「ホントだわ!エメラルドの姫様よ。ご入学なさるのかしら。お近づきになりたいわ」
合格の喜びもそこそこに、憧れの姫に出逢えて少女たちは浮足立つ。その反面、違う声も聞こえてくる。
「げっ!ヤバいぞ。GGが入学してくるらしい。やっぱり戦闘専科だろうか。実戦で相手役に当たったら殺されるかも」
「なんだよ、そのGGって」
「おまえ、知らないのか? ゴールデンゴリラ、通称GGだ。あんな風にご令嬢ぶっておいて、えげつない魔力でぶちのめされるんだ。知り合いが女子にちょっかい出した時なんて、教室の外まで吹き飛ばされてたんだぞ」
「…」
男子生徒たちを絶句させた本人は、そんな声にも慣れたものだ。ちらりと集団に目をやると、冷ややかな笑みを浮かべてみせただけで、その場を後にした。
伯爵の館に帰りつくと、侍女から声を掛けられた。
「お嬢様、ミハエル・ヒルシュベルガー様がお待ちです」
「ミハエル・・・?」
なんとなく聞き覚えのある名前に首をかしげながら応接室に向かうと、すらりと背の高い青年がソファの前に立っていた。
「おかえりなさいませ、マージョリーお嬢様」
そう言って、仰々しく頭を下げると、ニカッと白い歯を見せた。マージョリーにはこの笑顔に見覚えがあった。そう、まだ幼いころに一緒に遊んだミシャだ。
「あなた…ミシャ! お久しぶりね。王都にはバカンスで?」
「いや、王立魔術学校に入学するんだ。ふふ。なんだか随分お嬢さまらしくなったじゃないか。昔は一緒に木登りとかしてたから、俺はてっきりマージ―も男だと思っていたぐらいだぜ?」
マージョリーは思わずその腕をねじり上げる。そうだった、この男はこういうからかいが大好きだった。
「おお、その目。久しぶりだなぁ。それでこそマージ―だよなぁ」
「コホン、ちょっと!」
マージョリーは目の前のムカつく幼馴染を睨みつけてはっとした。背が高い。子どもの頃だったら、自分が上から見下していたのにと。
「どうしたんだ? あ~、ずいぶん見ない間に、男前になってて、驚いたって訳?」
「おふざけが過ぎましてよ」
冷静を装いながら、正直マージョリーは驚いていた。あんなに幼く弟のような存在だった幼馴染が、男らしく頭一つ分、自分より大きくなっている。しかも、悔しいけれど、女子受けしそうな甘いマスクだ。柔らかな薄茶の髪や金茶色の瞳は、あの頃からかわいらしいと思っていたけど、きりっとした眼差しが妙に色っぽい。
マージョリーはなんでもないようなふりをして、侍女に紅茶を頼むと、ミハエルにソファを進めて自分も腰かけた。
「それで、どこに行ってたんだ?」
「合格発表ですわ。自分の目でちゃんと確かめたくて」
「へぇ、今日、発表されるのは魔術学校だけだから、一緒に通えるってわけだね」
合格したとも言っていないのに、そんな風に言ってくれるのは、自分の魔力を知っているからだ。子どもの頃は魔力の制御が出来なくて、いろいろやらかしている。一緒に遊んでいたミハエルがそれに巻き込まれることも、しばしばだったのだ。
それにしても…。マージョリーは内心ため息がでそうだった。領地に戻っていたミハエルがどんな学生生活を送っていたかは分からないが、これはきっとモテるだろう。令嬢らしくなろうと言葉遣いなどにも気を使っていても、女子には慕われているが、男子には恐れられることの多い自分は、どうにも出遅れた気分だった。
学校生活が始まると、案の定、ミハエルは女子生徒に囲まれることになった。マージョリーは初登校の日を思い出す。ミハエルが迎えに来てくれて、同じ馬車で学校に降り立つと、ミハエルを慕う女子生徒からの悲鳴とマージョリーに憧れる女子生徒の悲鳴が共鳴して、頭が割れそうになった。
「たった一日、入学式を終えただけでこの騒ぎ? 貴方の近くにいると、身の危険を感じるわ」
「はは、悪いね。女子の妬みは怖いからな。明日からは別の方法にしよう」
それ以降、二人は別々に登校している、ことになっている。現実は、変化が得意なミハエルが、テントウムシや蝶に姿を変えて、マージョリーと共に登校しているのだ。
「おはようございます、エメラルドの姫様。もしよかったら、これ、もらってください」
「あの、マージョリー様。先日は助けてくださってありがとうございます。これ、お礼です」
「いや、たまたま通りがかっただけだから。気にしなくていいわよ」
「はぁ、なんてお優しいの」
マージョリーが通り過ぎても彼女のファンは盛り上がっていた。
「ひゅ~。毎日モテてるねぇ」
「うるさいですわよ。特に何もしてないですのに。ところで、いつまでそこにくっついてるつもりですの?」
制服とされているローブの胸元で揺れているテントウムシに視線を落とすと、とことこと小さな足でテントウムシは胸の山を登っていく。
「いやぁ、だってさぁ。柔らかくて心地いいんだよねぇ」
その途端、マージェリーの脳内でカチッとスイッチの入る音がした。
「はぁ? 貴様、握りつぶされたいのか!」
「わ、やべぇ」
テントウムシはぱっと羽を広げて飛び去り姿を消すと、教室の外からミハエルが入ってきて、女子生徒の歓声とも悲鳴ともつかない叫びを浴びていた。はぁ、まったく。マージョリーがため息をつくと、すぐ前の席の男子が「ご、ごめん」っと謝ってきた。どうしてこうなる? 再び出てきそうなため息を慌てて飲みこんだ。
「あの…、大丈夫? なんだか誤解されちゃってるみたいね。あ、私はサラ。サラ・ブライトンです。お隣同士仲良くしてくださいね」
隣の席にいたサラは、この状況を愉しんでいる様だった。ポーションなど魔法を使う薬品づくりが得意なサラは、穏やかで騒ぎ立てない人なので、マージョリーにとってとても居心地のいい存在だ。憧れの君を独り占めしていると、ファンの子に嫌がらせを受けることもあったようだが、マージョリーが止めるとそれもあっさり終わった。
ある昼休み、前の席の男子の知り合いが、いきなりマージョリーに突っかかってきた。
「おい、おまえ。俺のダチにケンカふっかけたらしいな」
「何のことでしょう?」
冷静なマージョリーの様子に余計に鼻息を荒くする知り合いに、前の席の男子はあたふたしてしまった。
「ジェイ、違うんだ。僕が弱いのがいけないんだ」
「お前は引っ込んでろ。前から噂は聞いていたんだ。ここらで実力を思い知らせてやりたいと思ってたんだ。この、GGめ!」
「GG? それはどういうことでしょう」
「ふん、自分の事なのに知らないのか? お前が男子の間で有名なゴールデンゴリラだろ」
言うが早いかいきなり素手で殴りかかってきた。マージョリーは、顔色一つ変えずにその腕を払うと、軽い電流を放って相手をしびれさせた。
「名前も知らない方に、いきなり殴って来るなんて、どういう了見ですの? そこのあなた。お友だちでしたら、救護室まで運んであげてくださらない?」
声を掛けられた前の席の男子は、慌てて首を縦に振ると、しびれの残る男子を連れて慌てて教室を出た。
「まあ、何の騒ぎかと思ったら、いやだわ。女性が男性を攻撃して倒すだなんて。野蛮ですこと」
廊下で見ていたのは、ブリジッド・ダンドリュー侯爵令嬢だ。この学校は身分制度にとらわれず、みな平等に学べる学校としているが、それでも、普段のお茶会などで作った取り巻きを従えてくる貴族令嬢もいる。ブリジッドはそんな典型的な貴族令嬢だ。
「貴方、魔力が豊かなのは結構ですけど、もう少しご令嬢らしくなさった方が良くってよ」
「ふふふ。随分とお元気は方ですわね。ブリジッド様とは大違いですわ」
「少しはブリジッド様を見習われたらどうかしら」
「貴方たち、くだらないことをいう物ではなくってよ。さ、行きますわよ」
はやし立てる取り巻きを黙らせると、ちらっとマージョリーに視線をやって、美しい口角を微かに上げた。そして、さっさとその場を離れかけたが、教室の奥に目をやると、今度は頬を赤らめ、小さくとも可憐なカーテシーを見せて立ち去った。視線の先にいたのは、ミハエルだ。
つづく
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