第65話 裏切りの牙
薄暮の森。癒しの家へ物資調達の帰り道、クラリスは夕暮れの風に包まれながら歩いていた。
セドが足元で静かに跳ね、木漏れ日と陰影が交互に揺れている。
「この森には、不思議と温かさがある…と思ってたのに」
言葉を紡ぐ前に、茂みが一斉にざわめいた。
暗がりから現れたのは、武装した五人の傭兵。布で顔を覆い、刃物を握っている。
「クラリス・エインハルト。これ以上、あの『癒し』を続けるなら、お前に死んでもらう」
声低く宣告された時、クラリスの胸に一瞬、冷たい刃が刺さった。
傭兵の一人が、勢いよく木の枝を振り上げた。
クラリスが咄嗟に魔法陣を描こうとしたその瞬間――木の枝が割れるような破裂音と共に割れ、彼女の方へ飛んできた。
それを見たクラリスの目が鋭く光る。
「…やめて!」
だがその声は届かず、視界が闇と光の渦に包まれる。
羽根のような光がクラリスの周囲を舞う。紫の瞳が黄金の瞳へ変わり、夜の影に溶け込む。
──黒猫の姿となったクラリスが、「聖なる守りの風」を唱える。
魔力が襲撃者たちを包み、衝撃波で倒れ込む。
刃は弾かれ、傭兵たちは痛みと共に崩れ落ちる。
「魔法…?なんて力…そして聖獣様のお姿…あなたは…」
呟きながら倒れる傭兵を見下ろすクラリスに、セドが静かに寄り添う。
「君は――聖獣だ。迷う必要なんて、もうない」
その響きが、クラリスの心深くに染みわたった瞬間だった。
王宮では、護衛からの緊急報告で緊張が走った。
「クラリス様が魔法で傭兵を撃退されたと…!」
壇上の議員たちは動揺する。
その時、レオンが毅然と立ち上がった。
「この国の聖獣が恐れられ、排除されようとしている。
これは国家として許してはいけない出来事です!」
全議員の視線がレオンに集中する。
彼は毅然と続けた。
「改革の隣には、必ず反発もあるはず。
だが、民を守る人が殺されかかる国に、未来はありません!」
拍手が起こり、中立派議員も一斉に立ち上がった。
基地の聖堂で…いや、作業小屋の裏で、クラリスとレオンは向き合っていた。
クラリスの背中には、戦いの余韻が消えなかった。
セドが傍らで穏やかに喉を鳴らす。
「私…あのままでは、魔法で民を傷つける存在になってしまった」
「君は違う。誰より、皆のためにその力を使った。
君を信じたいと思う人は、まだここにいる」
夜空を見上げながら、クラリスは決意を込めて呟いた。
「逃げない。弱さを恐れず、この国と民のために――
私は、この力を、愛と信頼と共に使う」
セドとレオンに肩を寄せ、彼女の心に光が戻った。




