第64話 揺れる世論
「癒しの家で、クラリス様が民を攻撃したらしい」
そんな噂が、王都の市場から路地裏まで、あっという間に広がっていた。王都の掲示板には『魔法暴走』と大きく書かれた張り紙まで貼られ、人々の視線が揺れ始める。
「クラリス様は優しいお方よ。そんなことあるわけないわ」
「でも、実際に民が怪我をしたんでしょう?」
「王子の婚約者になるって話も、なんだか胡散臭いわね」
真偽不明の言葉が、街中に飛び交っていた。
癒しの家では、クラリスが自ら怪我を負った民たちに再び向き合っていた。
「この度は、私の力不足で皆さまを傷つけてしまい、本当に申し訳ありません」
深く頭を下げ、彼女は回復魔法を何度も重ねる。
しかし、民の中には口をつぐんだままの者もいた。
心までは、まだ癒えていないのだ。
それでも――
「僕、クラリス様に助けてもらったんだ」
幼い男の子が、母親の背後から顔を出した。
「お腹が痛かった時、魔法で治してくれた。あったかくて、痛くなくなって…うれしかったよ」
少しずつ、小さな声が届き始めていた。
「クラリス様の魔法は、優しい魔法だって私は信じてる」
「この場所があったから、今日を生きられたんです」
その声は、クラリスの胸を静かに満たしていった。
一方、王宮の議会では、空気が重く淀んでいた。
「癒しの家が、混乱を招いている」
「魔法による民への攻撃は看過できん」
パウル派の議員たちが声を上げ、改革の即時停止を訴える。
「そもそも、外の国の娘が我が国の改革に口を出すこと自体がおかしい」
レオンは机を叩きそうになった拳を握り締めた。
その夜、王宮のバラ園。
クラリスは深い吐息をつきながら、夜風にあたっていた。
「どうしても…うまくいかないね」
「それでも、君の言葉を信じている人はいる。僕も、その一人だよ」
レオンが静かに言った。
隣に腰かけ、クラリスの手を優しく握る。
「声が届くまでには時間がかかる。でも、君の言葉は、確かに届いている。僕には、わかる」
クラリスの目元に涙がにじんだ。
そして、少し離れた茂みの陰からセドが金の瞳でじっとふたりを見つめていた。




