第62話 始動する改革
王宮の東側、薄明かりの差し込む執務室。
机の上には新しい制度の資料が所狭しと広がっている。クラリスは細い指先で書類をめくりながら、小さく息を吐いた。
「癒しの家の拡充に、教育支援、選挙区の再編……始まったばかりだけど、やることが多すぎるわ」
椅子の脚元にいた黒猫のセドが、ふわりとソファに飛び乗る。
金の瞳がキラリと光った。
「でも君の提案で、みんな希望を持ち始めてる。最初の一歩としては悪くない。なにより……」
「なにより?」
「君が笑ってることが、一番いい変化だよ」
クラリスは目を丸くしてから、ふっと笑った。「もう、セドってば」
ちょうどそのとき、ノックの音がして、レオンが顔をのぞかせる。
「クラリス、少し外の空気を吸わないか? 疲れてるみたいだし……セドも行くだろ?」
「うん、もちろん」
三人――一人と二匹は、王宮の外に出て、広場を通り、市の広報掲示板へと向かった。
掲示板の前では、人々が新制度の案内を見てざわついていた。
「“癒しの家、次は南地区にも設置予定”……なんだそれ」「無料で癒し?本当に信じていいのか?」
クラリスは人々の会話に耳を傾けながら、その反応に考え込む。
「戸惑ってる人も多いね……」
セドがクラリスの肩に飛び乗り、耳元で囁いた。
「でも、確かに届いてる。猫神様を信じてる人の瞳、光ってるよ」
その後、クラリスたちは近郊の農村に足を運び、教育支援と癒しの家の効果を確認した。
「子どもが病気しなくなったって、村の人が言ってたよ」
「学校に行く子が増えたって聞きました」
朗らかな声に混じって、不安げな言葉も届く。
「でも、選挙とかって難しそうで……わたしらにできるんだろうか?」
クラリスは優しく微笑んで、女性の手を取った。
「わたしたち一人ひとりが、“大切にされている”と感じられることが、国にとって大切なの。
大丈夫、少しずつ慣れていけるよう、支援も用意するわ」
その言葉に女性は涙を浮かべながら頷いた。
王宮に戻る帰り道、夕焼けが空を染める中、レオンがふと口を開いた。
「君の目、少しだけ不安そうだった。無理しすぎてない?」
「……少しだけ、怖いの。全部が正解じゃないかもしれないから。でも、歩かなきゃって思ってる」
「うん、でも歩くのは君一人じゃない。僕も、セドも、ちゃんとここにいるよ」
「うむ。君が寝落ちしそうになったら、すぐ頭を押さえて起こすよ」
クラリスは吹き出し、思わず目尻に涙を浮かべた。
「ありがとう、ふたりとも……。私、本当に幸せだわ」
夜が訪れる王宮。
その片隅で、小さな一歩を積み重ねる者たちの灯火が、確かに未来を照らし始めていた。




