第58話 静かなる告発
王宮の謁見の間。
陽が差し込む静かな空間に、クラリスの足音だけが響いた。
その手には、重たく綴じられた書類の束――
王都で囁かれている噂の出処、その裏にある組織的な操作の証拠だった。
「クラリス・エインハルト、謁見に参りました」
「許す。近う寄れ」
玉座の上で王は微かに頷き、手を掲げた。
その隣には第一王子パウルが、いつもと変わらぬ柔和な微笑みを浮かべて控えている。
クラリスは王の前に膝をつき、手にした書類を差し出した。
「陛下。これは、王都にて広まっている私に関する中傷と、聖獣信仰を揺るがす噂の発信源に関する証拠です」
王の表情が少しだけ険しくなる。
「……中傷と、聖獣信仰を揺るがす噂?」
「はい。それらの噂は、特定の言い回しと順序で繰り返されており、
複数の街角で同一人物によって拡散されている形跡があります。
調査の結果、発信源はいくつかの貴族邸――特に第一王子派の筆頭であるベルネ侯爵家に集中していることが判明しました」
パウルの指先がほんの僅かに動いた。
「ふむ……」
王は黙って書類に目を通す。
手元の一枚一枚が、まるで王宮の空気そのものを切り裂いていくようだった。
「……ベルネ侯爵は、確かに近頃、政治活動が活発になっていたと聞いている。
だが、これがすべて事実だと……?」
「証言の記録、聞き取り調査、そして尾行による行動記録を揃えてあります」
クラリスの声は静かだが、揺るぎなかった。
その様子に、王の眉がわずかに動いた。
「……クラリス。そなたは、この国の未来のために行動しておるのだな?」
「はい。私が王家のためにあるのではなく、
猫神を信じ、この国に生きる人々のために存在する聖獣として、
誠心誠意、未来を築こうとしております」
王の瞳が鋭くパウルに向けられる。
「パウル。そなたの言葉を、聞こう」
パウルはその場に一礼し、優美な所作で口を開いた。
「父上、確かに民の声が混乱しているのは事実です。
ですが、それがすべて私の側近によるものとは限りません。
もし一部が行き過ぎた行動をしていたとすれば、それは私の不徳です。
しかし、私は常にこの国の安寧を願っております」
あくまで穏やかに、誠実な姿勢を崩さない。
その巧妙さに、クラリスは胸の奥で僅かに唇を噛んだ。
――敵は、簡単には尻尾を出さない。
だが、王の視線は、以前よりも明確な疑念を帯びていた。
「……この件は、王宮監察局に命じて調査を進めよう。
いかなる者であれ、国家を混乱させる意図をもって動いたのならば、看過はできぬ」
「……はっ」
パウルが答えるその声には、わずかに鋭さが混じっていた。
クラリスは静かに頭を下げ、謁見の間を後にした。
その背に、重たい視線と、沈黙の波紋が広がっていく。




