第57話 囁かれる噂
「……このままじゃ、いずれ人々の信頼を失う。
早めに手を打たなければ」
クラリスは王宮の書斎で、報告書の束に目を通しながら、深く息を吐いた。
王都のあちこちで囁かれている“クラリス聖獣疑惑”。
癒しの家や政策の成果を感じていた矢先に広がったその声は、明らかに“意図的”だった。
「セド、最近街で不自然に同じ話をしている人たちを見たことない?」
黒猫は耳をぴくりと動かすと、窓辺に跳び乗った。
「……うん。いるよ。まるで台本でも渡されたみたいに、同じ言葉を使ってる人たちがいた。
しかも、彼らの中には“何度も場所を変えて同じ話をしている者”もいた」
「それ、完全に仕組まれてるわね……」
クラリスは立ち上がった。
すでにこの件に関して、王宮内の情報部にも調査を依頼していたが、自らも動くと決めていた。
その夜、クラリスは変装して王都の路地裏に足を運んだ。
帽子を目深に被り、地味な外套で姿を隠す。
猫神を信仰する人々の街でありながら、その裏では金と欲が渦巻いている。
「……あの男たち、また同じことを話してる」
聞こえてきたのは、昼間と全く同じ台詞。
「聖獣様って自分で名乗ってるだけじゃないの?」
「本当に癒されてるのか?」
「結局は別の意図があるんじゃないか――」
クラリスは彼らの後を、気配を殺して追った。
やがて彼らが入ったのは、王宮近くのある邸宅。
門に掲げられた紋章を見て、クラリスの目がわずかに見開かれた。
「……あれは、第一王子派の筆頭貴族の家」
セドも低く唸った。
「やっぱり、パウルが動いてる」
「……裏で、民衆を操ってまで私を落とそうとするなんて……」
怒りと悲しみが、クラリスの胸に湧き上がる。
だがその奥には、冷静な意志があった。
「これ以上、好き勝手はさせない。
私を貶めるだけならまだしも、民の心を惑わすなんて……絶対に、許さない」
その夜、クラリスは証拠を得るための調査網を構築し始めた。
そして、信頼できる仲間たちに静かに連絡を送る。
彼女の背後では、セドがじっと邸宅の門を見つめていた。
「……これは、戦いだね。言葉と信頼の、静かな戦争だ」




