第55話 広がる癒しと忍び寄る影
「王都にも“癒しの家”を増やしたいの。
もっとたくさんの人が、心から安らげる場所を持てるように」
クラリスの言葉に、王宮内の改革派の貴族や行政官たちは頷いた。
猫神の加護を受け、聖獣がいる国として繁栄するヴァルゼン王国。
今、クラリスの提案によって“癒し”という新たな社会福祉の形が根付き始めていた。
癒しの家――
それは心に傷を抱えた者が、猫たちと触れ合うことで癒され、
心を立て直すための場所。今のところ、費用は無料。
財源は信仰に基づく寄付や、猫神教会との連携によって支えられている。
「本当に……ありがとうございます、聖獣様……」
老女が小さな猫を抱きしめ、涙を流す。
戦で息子を亡くし、生きる気力を失っていたという。
「クラリス様のおかげで、うちの子の笑顔が戻ったんです!」
ひとり親の母親が、子猫と遊ぶ娘を見つめて微笑む。
こうした声が日々届き、クラリスの胸を温めていた。
目に見える形で、人々が幸せを感じる。
それこそが、彼女の望む未来だった。
だが――
王都の裏通りでは、別の“声”もまた、静かに広がり始めていた。
「……クラリス様って、前の国で婚約破棄された令嬢なんだろ?
聖獣だなんて、自分で名乗ってるだけなんじゃないのか?」
「それに、聖獣が加護を与えるっていうなら、どうしてまだこんなに貧困があるんだ?
癒しの家って、結局ただの猫好きの集まりだろ」
「猫神って、本当にいるのか? 他国の神じゃねえのか?」
そんな陰口が、まるで悪意を持った風のように、王都のあちこちに舞っていた。
発信源は特定できない。
けれど、あまりにも“巧妙”だった。
一見、ただの疑問に見せかけて、不信を植え付ける言葉たち。
繰り返されれば、それは真実のように人の心に染み込んでいく。
クラリスの耳にも、その噂は届き始めていた。
「……やっぱり、そんなに簡単にはいかないのね」
書類に目を通しながら、クラリスは小さく呟いた。
王都に拡がる“癒し”の裏で、じわりと広がる“疑念”。
だが、彼女の表情は揺るがない。
「でも、負けない。私は……信じてるから。
猫たちの力も、人の優しさも、そして……未来も」
その言葉に応えるように、机の上で寝そべっていたセドが、のびをしながら言った。
「どんなに影が広がっても、光を灯し続けるクラリスなら、きっと大丈夫だよ。
僕たち猫がついてる」
夜の王都に、猫の目のように鋭く、静かな光が宿っていた。




