第54話 裏に潜む影
王宮の一室。
絢爛な装飾の施された会議室とは違い、ここは重く厚いカーテンに閉ざされた密室だった。
そこに集うのは、パウル第一王子と彼の側近、そして数名の貴族たち。
「――で、クラリス嬢は次々と政策を進めておられる。まるでこの国の主導権を握っているかのようにね」
「選挙制度の導入に、聖獣信仰による国民統制、癒しの家や備蓄制度……まるで聖職者か救世主気取りですよ。
我々王族や貴族の立場を、意図的に薄めているとしか思えません」
男爵家の若い当主が、皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
パウルはワインを傾けながら、口元だけで笑った。
「……それだけのことを、一人で考えられるはずがない。あの女には、レオンがついている。
第二王子が彼女と共に動いていることが問題だ」
「ですが、レオン殿下はすでに“死んだ”ものとされていたのでは?」
「運の悪いことに、まだ生きていたようだ。
森での処理が甘かった……いや、クラリスの存在が予想外だったというべきか」
パウルは、ふっと目を細める。
その深緑の瞳の奥に宿るのは、怒りでも焦りでもない。冷えきった、計算。
「いずれにせよ、今やレオンは“クラリスの王子”として動いている。
聖獣の庇護を得た王子……民衆の心を掴むには十分だ」
「では、どうされるおつもりで?」
側近の問いに、パウルはゆっくりと立ち上がった。
長身の影が壁に揺れる。
「……このままでは、王太子の座が揺らぐ。
だが、王に正面から逆らえば、民の反発を招く」
「……ですので、裏からですな」
貴族のひとりが、にやりと笑う。
「ええ。まずは“クラリスという存在”に、疑いの種を植えましょう。
聖獣とは本当に信仰に応える存在なのか?
移民を排除する思想は、差別的ではないのか?
人々の心に少しずつ、影を落とせばいい」
「流言を飛ばす者も用意済みです。
クラリス様が過去に王太子に婚約破棄されたことすら、都合よく使えましょう。
“捨てられた女が復讐のために国を動かしている”――などと」
パウルはその言葉に、笑いを深めた。
「それと――クラリスは私のものだ」
一瞬、室内の空気が凍る。
「私が彼女を娶れば、すべてが丸く収まる。
聖獣の力も、民衆の支持も、第二王子の存在さえ、過去にできる」
「……王子」
「焦ることはない。クラリスは民を想い、聖獣としての使命に悩んでいる。
そこに優しく手を差し伸べれば、心は揺れる」
パウルはワイングラスを置いた。
「レオンなど、一時の幻だ」
――そして、深緑の瞳が、冷たい光を灯す。
「私こそが、この国の王となる。
その時、隣に立つのはクラリス。
それが……“正しい未来”だよ」




