第52話 夜の薔薇園
王宮の庭にある薔薇園は、夜になると一層幻想的な雰囲気をまとう。
満月の光に照らされた白薔薇が、静かに風に揺れていた。
クラリスはひとり、花々の間を歩いていた。
ふと気づくと、銀の髪をなびかせながら、その隣に歩く人影がある。
「……こんなところにいたんだね、クラリス」
振り向けば、レオンだった。
少し乱れた金の髪と、いつもより穏やかな微笑み。
「少し……歩きたくて。眠れなかったの」
クラリスは小さく笑った。
そしてその笑顔が、すぐにかすかに曇っていく。
「……ねえ、レオン。私は、この国をよくしたいって思って、猫カフェを作ったり、選挙制の提案をしたりした。
でも、どうしたら“国民が幸せになれるか”なんて、正直まだわからないの」
歩みを止め、薔薇に目をやりながら、クラリスはそっと言葉を落とす。
「私は猫神様の妹で、何度も生まれ変わってる。
生まれるたびに、その時代の国が豊かになって、私が死んだあとに衰退していくの。
その繰り返しが、苦しいの。
また生まれて、幸せになって、また全部崩れて――って。
だから、今回はなんとかしたいと思って人間に生まれてきた」
「でもね、政治って難しいの。
いろんなことを考えて、学者の先生たちの意見も聞いて、それでも“これが正解”っていうものは出てこない。
どの案も欠点があって、誰かが我慢を強いられる。
だから、私は不安なの」
小さく握りしめた手が、震えていた。
その手に、そっと温もりが重なる。
レオンが、クラリスの手を包み込むように握った。
「……不安になる気持ち、わかるよ」
レオンはまっすぐにクラリスを見た。
「でも、全部クラリスだけが背負う必要はない。
この国の民は、そんなに弱くないんだ」
「え……」
「どんな時代でも、人は生きていける。
その力を持ってる。
だからこそ、僕たちがやるべきことは、全員を完全に守ることじゃない。
“生きていける強さ”を支えること、
そして、それでも無理な人たちを支える“仕組み”を整えること。
それが国家の役目じゃないかな?」
クラリスは、目を見開いて彼を見つめた。
その言葉は、ふわりと心の奥に染み込んでいくようだった。
「……レオン」
「クラリスがいるから、希望を持てる人がいる。
でも、クラリスがいなくなっても生きていけるように、仕組みを作っておこう。
それができたら、この国はきっと――前より強くなると思う」
クラリスは、そっと微笑んだ。
そして、握られたままの手に力を込めて応える。
「……うん。ありがとう、レオン。
少し、心が軽くなった気がする」
風が優しく吹き抜け、白薔薇の香りがふたりを包む。
それはまるで、猫神様がそっと見守ってくれているようだった。




