第51話 理想と制御
王宮の会議室に、厳かな空気が満ちていた。
重厚な扉の奥、豪奢な机の前に座る王と、ずらりと並んだ貴族たち。その中に、クラリスの姿があった。
「――陛下。私は、この国をもっとよくするために、提案があります」
クラリスの声は静かだけれど、部屋の隅々までよく響いた。
銀の髪を背に流し、金の瞳がまっすぐ王を見つめる。
「猫神を信仰する民に限って、段階的に選挙制度を導入してはいかがでしょうか?
議会に民の声を反映させ、国をともに作っていくために」
部屋に、ざわりと波が立った。
貴族たちの眉が動き、ざわめきが広がっていく。
「無理だな」
最初に声を上げたのは、老齢の侯爵だった。
皺の刻まれた顔に、不快そうな表情を浮かべている。
「自由を与えすぎれば、秩序が崩れる。
貧しい者は学ぶ機会もなく、考える力も育っていない。
そんな者たちに国の舵取りを任せれば、混乱が起こるだけだ」
「その通りです。数百年前に選挙制度を導入した国がありましたが、結果は内乱と飢餓。
結局は貴族による強い支配が戻りました」
別の貴族も同調する。
クラリスは、黙って彼らの言葉を受け止めていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……たしかに、不安定さはあるかもしれません。
けれど、その“不安”を理由に、ずっと変わらないままでいいのでしょうか?」
金の瞳が、貴族たちを見渡す。
「“学ぶ機会がない者は考えられない”。そう決めつけて、機会そのものを奪ってきたのは誰ですか?
貧しいからといって、永遠に愚かでいろというのでしょうか?」
誰も返せなかった。
クラリスは、王へと視線を戻した。
「陛下。この国は、“統制と安定”を選びますか?
それとも、“希望と変化”を選びますか?」
王は目を閉じたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりと目を開き、重い口を開いた。
「……理想だ。だが、理想だけでは国は回らぬ。
民が自立するには、時間も犠牲も伴う。それを見極めねばならん」
クラリスは頷く。
「ですから、すぐにすべてを変えろとは申しません。
まずは、猫神を信仰する民だけの選挙区を設けて、一つずつ進めていきましょう。
信仰、教育、準備を整えた上で、ゆっくりと拡げていければいいんです」
王はしばらく沈黙していたが、やがて静かに、しかし確かに頷いた。
「……ならば、やってみる価値はあるだろう」
その言葉に、クラリスは胸の奥が温かくなるのを感じた。
少しずつでもいい。この国が変わっていくことを、彼女は信じている。
そして――それを見守る猫神の加護が、どうか民の未来を照らしてくれることを願って。




