第46話 迫る試練
王宮の高い天井の下、夜の大広間に重臣たちが密かに集まっていた。
蝋燭の明かりが揺らめく中、第一王子パウルが闇の中心に立ち、静かに口を開く。
「クラリスの提案は見識深い。しかし実行に移せば、我々にとって大きな損失となる。
備蓄や鉱山開発が成功すれば、富は国中に広がる。だが、今までの利権構造は崩れる。
特に貴族たちが独占してきた交易や採掘利権は、再編されねばならぬ」
周囲はうなずき、重臣のひとりが静かに声を足した。
「鉱山の採掘権は昔からある特権だ。再配分されれば、我々の収益が減る可能性が高い。
物資が国民に流れると、我々の“手元”に残るぶんも少なくなる」
パウルは眉間に影を浮かべた。
⸻
夜更け、ヴァルゼンの貴族たちは水面下で動き出した。
秘密の会合には、幾人かの有力領主と、ある宗教長官が参加していた。
噂話や脅しの台詞が交わされる。
「クラリス案が通れば、我々の生活は変わる。
ならば今こそ、反撃のときだ」
「鉱山会社を使って報告書を作ろう。調査が不十分で、投資はリスクだと示すのだ」
信仰長官は口を歪め、“癒しの家”の信仰的意図を逆手に取る策を提案する。
「“癒しの家”が国家と手を結ぶのは、信仰の政治利用だ。
これを民衆に知らせれば、教会にも疑念が向く」
彼らは密かに工作を開始した。
⸻
王都の市場では、噂が噂を呼んでいた。
「クラリス様の備蓄は良いが、それって税金を使うんじゃないのか?
貴族の道楽に庶民が巻き込まれるのはやめてほしい」
「鉱山開発といっても、たくさんの労働者が酷使されるんじゃないか?」
人々は不安と疑念を胸に抱き、支持か懐疑かを揺れ動かせていた。
⸻
庶民の声を聞いたクラリスは、すぐに行動に出た。
市場に護衛を連れて馬車で赴き、小さな広場で即席の演説を行うことにした。
「私の提案は、あなたたの生活を豊かにするためのものです。
備蓄は“非常時にあなたたちを守る”ため、鉱山開発は“あなたたちにも仕事が生まれるように”――
政治家の履歴書が欲しいわけでも、権力が欲しいわけでもありません」
彼女の言葉は誠実に、市民の耳に届いた。
⸻
その演説の場に、レオンや支援者たちも駆けつけた。
レオンはクラリスの傍らに立ち、守る決意を示す。
神官長メルギスもまた、信仰の擁護者として共に立ち上がった。
「癒しと備えは、人の心にも国にも必要です。
信仰を正しく支えるためのものであり、我々も共に歩みます」
その有志たちの姿は、“陰の会合”に対する盾となった。
⸻
大広場の夜が明ける中、王宮では次の動きが準備されていた。
パウルは新たな“情報工作”を手に、次の一手を練る影法師のように王座の陰で静かに立っていた。
クラリスは感謝と困難の狭間で、心を強くしていた。
「私は、民の笑顔と未来の希望を守る。
どんな試練が来ても、共に歩む人がいる限り、負けない」
そう言いながら、彼女は遠く朝焼けを見据えていた。




