第39話 癒しの家始動
朝の柔らかな陽射しが広がり、淡い光に照らされた敷地は、ほんのりと涼やかな空気に包まれていた。
そこに建てられつつあるのは、これからこの国の人々を癒す場となる木造の小屋――“癒しの家”だ。
クラリスは午前八時前に現地に到着した。手に設計図を抱え、足元にはまだ芽吹いたばかりの芝生が揺れている。
横ではレオンが設計図を握りしめ、朝露で湿った地面に置かれた作業靴が静かに揺れていた。
「朝からありがとうございます、クラリス殿」
大工頭のラドランが深々と頭を下げる。彼の目には、ただの上客への礼以上に、誇りが宿っていた。
「おはようございます。進捗はいかがですか?」
クラリスは微笑み、優しく尋ねた。
「柱が全て立ち上がりました。屋根の腐食防止処理に入るところです。
子どもたちに屋根裏を見せたいとか、スタッフたちも楽しみにしているようです」
重々しい木の香り、クランクの音、そしてわずかに聞こえる笑い声が交錯する現場。
クラリスの胸には、それだけでもう、何かが満ちていくようだった。
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昼近く、クラリスは現場を巡りながら作業する労働者たち一人一人に挨拶をした。
中には、建設だけでなく資材運搬や調理補助をしている移民の姿もある。
「クラリス様、ここの壁はこんな感じでいいでしょうか?」
作業に使われるシートを片手に駆け寄った若者に、クラリスは静かに微笑んだ。
「ありがとう。とても暖かそうね。風が強い日は、猫たちも寒いと思うから。
暖かい屋根の下で、皆がゆっくり過ごせるようにしたいの。」
彼女の言葉は、ただの慰めではない。“共に築く”という意思を含んでいた。
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午後になると、近隣から子どもたちが集まり始めた。
藁の帽子をかぶり、汚れた手を洗ってからふらりと現れる姿が微笑ましい。
クラリスは彼らが自由に絵を描けるよう、ウッドテーブルに紙と絵の具を並べていた。
男の子が笑って差し出したのは、牛舎の壁に描いた丸みを帯びた黒猫の絵だった。
「ねえ、これはなんて名前?」
クラリスが尋ねると、男の子はちょっと照れながらも答えた。
「“クルル”だよ。僕の猫神様」と。
「クルル、素敵ね」
クラリスはその声で、胸が熱くなるのを感じた。
貧しさや悩みを抱える子どもたちも、この場では自由に夢を描いている。
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夕暮れが近づくと、クラリスとともに三匹の猫が現れた。
うち一匹はセドそのもの――小粋に伸びをしてから、優雅にクラリスの足元へ寄り添った。
猫が人々に近づくと、小さな声でどよめきが広がっていく。
気難しそうに見えた猫も、クラリスがそっと撫でると、安心してゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「……これが、癒しなんですね」
農家の中年男性がつぶやいた。
クラリスはそっと微笑み返した。
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レオンとの夕刻の誓い
作業が終わりに近づく夕方、クラリスとレオンは小屋の入り口近くのベンチに腰を下ろした。
目の前の光景は、猫と遊ぶ子どもたちと、自由に歩く猫たち。
その中心には、クラリスの笑顔がある。
「ねえ、レオン」
クラリスが静かに話し始めた。
「“癒し”ってね、制度や仕組みじゃなくて――
人と人が“分かち合える”あたたかさそのものなんだと思うの」
レオンは静かに俯き、頷いた。
「君が描いた“癒し”はもう形になってる。
あとは、ここからどう未来に繋ぐか、だよね」
クラリスは小さく笑った。
彼女の瞳には、まだ続いていく未来への光が宿っていた。
「“癒し”を与えるのではなく、“分かち合う”場所。
私はそれを、もっと広げていきたい」
小さな子猫が彼女の膝の上に飛び乗った。
クラリスはそっと目を細め、その頭を撫でながら誓いを新たにした。




