第38話 王子の野望と冷たい真実
ヴァルゼン王国の王宮、その奥にある第一王子パウルの私室は、静かで冷たい空気に包まれていた。
窓辺に立ち、遠くの街並みを見下ろしていたパウルの表情に、感情はなかった。
民たちが街で騒ぎ、猫神の加護を語り、クラリスの話に胸を躍らせていることを、彼は知っている。
「くだらない。癒し?信仰?……幻想だよ、そんなもの」
呟くように言ったその声には、冷笑が混じっていた。
部屋の奥では、彼に仕える腹心の貴族・グレンが静かに報告をしていた。
「“癒しの家”の計画は進んでおります。
民たちは“猫カフェ”だと喜んでおりますが、宗教長官たちの一部には反対の声も根強く……」
パウルはふっと笑う。
「当然だ。クラリスは甘い。
全ての者が救われる世界など存在しない。
誰かが豊かになるということは、誰かが犠牲になるということだ」
彼は椅子に腰掛け、ワインをゆっくりと傾けた。
「民は“夢”を見せれば満足する。だがそれが“現実”になると思わせてはいけない。
夢を見た者ほど、裏切られた時の憎しみは深くなるからな」
「では、“癒しの家”は放っておくおつもりですか?」
「いいや。あれは使える。クラリスを取り込む好機だ」
その目が細くなる。
パウルにとって、クラリスはただの駒ではなかった。
元王太子の婚約者、公爵令嬢、そして何より“聖獣の生まれ変わり”。
「彼女は美しく、聡明で、影響力がある。
俺があの女を手に入れれば、民の心も、加護も、全て俺のものになる」
「ですが、クラリス様は第二王子――レオン様に心を寄せているかと」
「だからこそ邪魔なんだ。レオンは。
だが……殺しても、今は反発を招く。慎重に動く必要がある」
その目には、冷たい計算と、狂気に近い執着が宿っていた。
「全ての人が幸せになる世界など、くだらない理想だ。
この世は、力ある者が支配し、弱き者が従う。それが真理だ。
その秩序の頂点に立つのが、王たるべき者。つまり――俺だ」
グレンは沈黙のまま、深く頭を下げた。
その部屋の空気は、王都のどこよりも冷たく、重く、暗かった。




