第35話 心の共同体
王宮の書庫の一角に、クラリスのために設けられた小部屋があった。
執務机には、数枚の地図と報告書が広げられ、その上でクラリスは筆を握っていた。
彼女の表情は真剣そのものだった。
――“物の豊かさ”と“心の豊かさ”は、必ずしも比例しない。
それを体感した今、クラリスは新たな一歩を考えていた。
猫神信仰を中心とした、“心を支える共同体”を作れないか。
「……信仰が、人の心によりどころをくれるのなら、
孤独な人たちが集まれる場所が必要よね」
そのとき、扉の外から控えていたレオンが入ってきた。
「クラリス、少し休まないと――あ、また新しい計画を立ててる?」
クラリスは顔を上げ、ほっとしたように微笑んだ。
「うん。猫神様を信じる人たちが、互いに支え合える“集いの場”を作れたらって思って」
「集いの場?」
「教会のようなものよ。けれど、堅苦しい祈りの場ではなく、
誰でも来ていい、疲れた心を休める場所。
子どもも、大人も、誰かとご飯を食べたり、猫と遊んだり、そういう空間」
レオンはしばらく黙ったまま、広げられた図を覗き込んだ。
「……それって、ただの宗教施設じゃなく、“心の居場所”だな」
「ええ。“人は一人じゃない”って感じてもらえたら、それだけで救われる人もいるはず。
猫神様の教えには、“穏やかに、誠実に、人に優しく”ってある。
それを実際に体験できる場所があったら、きっと――」
レオンは小さく笑った。
「クラリスが言うと、本当に世界がそうなりそうだな」
「ふふ、そうなるといいけど」
そのとき、セドがどこからか現れて机の上に跳び乗った。
「やっと“聖獣”らしいことを考え始めたな。
だが、形だけ整えても意味はないぞ。“誠実さ”は、上から押し付けるものじゃない」
「わかってるわ、セド。だからまずは私が、誰よりも誠実でありたい」
クラリスの声は静かで、けれど強かった。
彼女が描く“共同体”――それは、政策や数字の外側にある、“人の心”をつなぐための場所。
今、クラリスはこの国に、“優しさ”という名の礎を築こうとしていた。




