第34話 幸せのかたち
翌朝、王宮のバルコニーから街を見下ろしながら、クラリスは風に髪をなびかせていた。
昨夜レオンと交わした言葉が、心の中で静かに響き続けている。
――“踏み台になるしかない”と、諦めた顔。
――“贅沢を守りたい”と、欲深さで目を濁らせた者たち。
けれど、その中には確かに――光もあった。
(……そうだわ。あの村にいた、お婆さん)
ふと思い出すのは、小さな村で出会った年老いた女性。
家も粗末で、着ている服は何度も繕われていたのに、彼女の笑顔はあたたかく、優しかった。
「毎日、太陽を見て、猫と昼寝をして、近所の子どもとおしゃべりできる。
それだけで、私は十分幸せだよ」
そう言っていた。
クラリスは、胸の奥に何かが灯るのを感じた。
「――“貧しいか豊かか”より、“幸せを感じる心”のほうが大切なんじゃないかしら」
お金があっても孤独で満たされない者もいる。
反対に、質素な暮らしの中でも心が穏やかな人もいる。
「幸せは、数字じゃ測れないのよね」
クラリスは小さく呟いた。
その時、黒猫の姿のセドがひょいと窓辺に跳び乗ってきた。
「ようやく気づいたか、クラリス。
加護が強く働く場所には、“心が豊かな者”が多い。信仰とは、ただの願掛けじゃない。
“心を整える術”なんだ」
「……猫神様の信仰が、心の支えになる。人の“幸せ”を導く光になるかもしれないのね」
セドは尻尾を揺らしながら、珍しく真面目な顔をした。
「お前は、聖獣として生まれ変わった。加護の力も、再生の知恵も持ってる。
でもそれは、物を与えるだけじゃ不十分だ。
“心の支え”になってこそ、初めて意味がある」
クラリスは静かに頷いた。
「人の暮らしを整えるだけじゃなくて――心の中にも、光をともしたい。
私は、それがしたいの」
その言葉に、セドは目を細めてにゃあと一声鳴いた。
クラリスの視線は、再び街に向いた。
子どもが笑い、母親が歌い、老人が猫を撫でる――そんな風景が、遠くに見えた。
「……もう迷わないわ。私の力は、“幸せ”のためにあるんだもの」




