第32話 パウルからの提案
王宮の会議室には、静謐と緊張が満ちていた。
クラリスが扉を開けたとき、パウルは既に席に座り、整えられた書類の山を整然と並べていた。
「お忙しい中ありがとうございます、クラリス殿」
「お話があると伺いました」
「ええ、まずはこちらをご覧ください」
パウルが差し出した書面には、“移民の経済的価値”を測る一覧表が並んでいた。
年齢、職種、健康状態、犯罪歴、納税額――命の重さすら換算するような冷徹な数字。
「この国を正しく、効率的に導くためには、“感情”ではなく“合理性”が必要です。
移民を排斥すべきという声もありますが、労働力として見れば、むしろ計算の軸に置くべきです」
クラリスは一枚ずつ、慎重に目を通した。
だが、それはまるで命を“品目”として記した在庫表だった。
「……人を、数字で評価するなんて。あなたには彼らが“生きている”という感覚はないんですか?」
「生きる価値は、生産性で測られるものです。
それを否定するなら、国家運営は成り立たない」
パウルの口調は冷静だったが、その奥には別の感情があった。
(それに、クラリス――君のような優れた存在が、“平凡な第二王子”などの元にいるのは不自然だ)
彼は書類を閉じ、わずかに笑みを浮かべた。
「クラリス殿、私なら、貴女をこの国の“中心”に据えることができます。
私と共に歩めば、貴女の理想も、願いも、この手で叶えましょう」
クラリスの眉が僅かに動いた。
「……それは、求婚ですか?」
「いずれは。だが今は、“正しい道”を共に選ぶ仲間として、提案をしています」
「その“正しさ”が、命や尊厳を踏みにじるものであるなら、私はあなたと歩く道は選べません」
クラリスの言葉に、パウルは一瞬だけ微笑を崩した。
「――ならば、私の力を証明して差し上げましょう。
貴女がいずれ、自ら私の隣を望む日が来るように」
彼は静かに席を立った。
クラリスは一歩も退かず、その背中を見送った。
“彼は、私を欲している。それも、手に入れた力の一部として”
その冷たい野心に、クラリスの中で何かがはっきりと固まった。
「……私は、誰かの“栄光”の飾りじゃない」
その日、クラリスは自分自身の意思で――再び、戦う覚悟を決めた。




