第29話 仮面の内側
王宮の西棟。格式あるはずの応接室に、今宵は濃密な欲望の気配が満ちていた。
大理石の床には絹靴の音が響き、上等な香が空気に溶けていく。
第一王子のパウルは、長椅子に腰掛け、ワイングラスを軽く揺らしていた。
彼の前には、金と土地を牛耳る商人たち、旧貴族の領主たちが集っている。
「……で、殿下。あの“聖獣”とやらの意向はどこまで本気なのです?」
一人の壮年の男が口を開いた。穀物商の頭取であり、各地の移民労働力を買い叩く手腕で知られていた。
「移民制限? 猫神信仰の有無? はっ、そんなもの建前でしょう。
奴らがいなければ、今の収益は三分の一になりますぞ」
「おまけに最近では、“教育が大事”だの“識字率を上げよう”だのと抜かしている。
おかげで最近は下々の者まで口答えする始末です。女や子供まで、“学ぶこと”に目覚めてしまっては困る」
「教育で賢くなれば、こっちの意図を見抜かれてしまう。
黙って働く“愚民”こそが、統治しやすいのです」
貴族の一人が鼻を鳴らした。
「猫神信仰? 聖獣の加護? 結構なことですよ。
国が潤えば、我々の懐も温かくなる。だが――加護の力で“平等”だの“共存”だの持ち出されては困る」
その場にいた誰もが、互いの本音を共有していた。
彼らにとって、加護や信仰は“富を生む道具”であり、民は“働かせて使う資源”だった。
そのすべてを黙って聞いていたパウルが、ようやく口を開いた。
「……諸君の憂慮は理解しています。
安心してください。クラリス嬢はまだ若く、理想を追い求めるばかりで、現実を知らない」
「では……対処を?」
パウルは微笑んだ。
「すでに布石は打ってあります。
彼女が聖獣であればこそ、民は従うでしょう。しかし、政治を動かすのは“我々”です。
彼女の光の裏で、我々が闇を制す。それが、国家運営というものですよ」
男たちの間に静かな笑いが走る。
「さすが殿下。未来の王に相応しいお考えだ」
「猫の神の加護を拝借しつつ、国を操る。これぞ理想ですな」
パウルはグラスを掲げた。
「では――我々の繁栄と、変わらぬ秩序のために」
「「「乾杯」」」
静かにグラスが重なり合ったその音は、
どこまでも濁った欲望の響きとして、王宮の闇に染みこんでいった。




