第28話 揺れる想い
王宮の中庭。春の陽に包まれた静かな花の回廊に、レオンは一人佇んでいた。
彼の隣には開きかけの本が置かれていたが、その視線は遠く宙をさまよっている。
「……俺が、クラリスの傍にいることが、本当に彼女のためになるのか」
低く呟いた声は、花の香りとともに風に消えていった。
彼女は聖獣として崇められ、この国の希望とされている。
けれど、そんな彼女の傍にいることで、パウルや一部の貴族から警戒され、彼女を危険に晒しているのではないかという不安が胸を締めつけていた。
――クラリスの笑顔を、俺が曇らせてしまうかもしれない。
その思いが、レオンの心を静かに蝕んでいた。
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「ため息ばっかり。花が枯れるよ、それじゃ」
突然、横から聞こえたのは、柔らかく、けれど確かな男の声。
レオンが驚いて振り向くと、そこには一匹の黒猫――セドが、しれっと座っていた。
「……え? おま……今、話したか?」
「うん、話したよ。こんにちは、レオン」
レオンは完全に固まった。
今まで何度も一緒にいたはずの黒猫が、突然、まるで人間のように会話してきたのだ。
「まさか……魔法か? 幻覚?」
「違う違う。クラリスの記憶が完全に戻ったの。
そしたらね、“話したい”って強く思った相手とだけ、言葉が通じるようになったんだ」
「……どういう理屈だ、それは」
「猫神様の加護って、案外便利なんだよ」
そう言ってセドはしっぽを揺らした。
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「で? 何に悩んでたの? クラリスのこと?」
「……ああ。俺がいることで、彼女を余計な危険に巻き込んでる気がしてな」
「ふむ、それはあるかもね」
「即答かよ!」
「でもさ、それでも君がいないと、クラリスはもっと不安になるんじゃない?」
レオンは黙った。
「大事なのは、危険かどうかじゃない。
それでも一緒にいたいかどうか、じゃないかな。
……クラリスは、君のことを“信じてる”って、僕にはわかるよ」
セドの瞳は、いつものふざけた調子とは違い、まっすぐだった。
「……そうか。ありがとう、セド」
「どういたしまして。あ、でも僕と話せることはクラリスに内緒ね。びっくりさせたいから」
「……まったく、お前は」
レオンはようやく微笑みを取り戻し、背筋を伸ばした。
今はまだ、不安は完全には拭えない。
けれど、クラリスを信じる心だけは、揺るぎないと知っている。




