第27話 偽りの優しさ
王宮の中庭に咲く花々が、春の光に揺れていた。
クラリスは視察の報告を終え、久々に静かな朝を迎えていたが、その胸中には重たい思いが沈んでいた。
王の理解は得られたとはいえ、国の仕組みを変えるには、まだ多くの力と時間が必要だった。
そんな彼女の元へ、一人の使いがやって来た。
「パウル殿下がお話があるとのこと。お時間をいただけますか?」
クラリスの眉がわずかに動く。
レオンの兄であり、かつて彼を命の危険に晒した男――パウル。
だが、表向きはあくまで王族の一人。彼の要請を無下にすることはできない。
「……わかりました。お伺いします」
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パウルの執務室。そこは貴族らしい瀟洒な調度と、美しく磨かれた床が印象的な空間だった。
「お久しぶりですね、クラリス嬢」
パウルは柔らかく微笑んだ。
その笑みは穏やかで、品さえ感じさせたが、クラリスはその奥に潜む“冷たさ”を感じ取っていた。
「お話とは、何でしょうか」
「最近、王宮ではあなたのことが話題です。
民のために歩き、語り、希望をもたらす聖獣として……。実に立派だ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「……そこで、ひとつ提案をしたい」
パウルは、ふっと微笑みを深めた。
「あなたほどの方が、この国を導く存在になるのならば、やはり相応しい“立場”が必要でしょう。
王族の一員――たとえば、私の妻として、この国を支えるのはどうですか?」
クラリスは目を細め、沈黙の中で彼を見つめた。
「突然ですね。私には、すでに……」
「レオンのことを言っているのなら、彼はこの国に不釣り合いですよ。
過去を思い出してください。彼があなたにどんな想いを告げましたか?
何も言わずに去っていたらどうします?」
「……それは、あなたが仕向けたことでは?」
「証拠はありませんよ。
それに、今ここにいる私は“あなたを守りたい”と心から願っている。ただ、それだけです」
パウルは静かに手を差し出す。
「どうか、よくお考えください。
あなたの聡明さなら、この国が必要とする“答え”に気づくはずです」
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クラリスは部屋を出た後、深く息をついた。
――あの笑顔の奥に潜んでいるのは、私を利用する意志。
その直感は確かだった。
だが、彼の言葉には人を惑わせる力がある。
だからこそ、パウルの“優しさ”は恐ろしい。
「……私は、惑わされない」
そう呟いたクラリスの心には、静かにレオンの姿が浮かんでいた。
あのまっすぐで、不器用で、でも誠実な青年――彼だけは、決して自分を利用しないと信じている。
だが、パウルの陰は着実に、二人の間に忍び寄っていた。




