第26話 王宮での報告
視察の旅を終え、クラリスとレオンは王宮へと戻ってきた。
正門をくぐると、見慣れた荘厳な大理石の回廊が広がり、王城の静けさが二人を迎える。
けれど、クラリスの表情は晴れなかった。
この国の美しい装飾の裏に、彼女が見た“現実”が深く刻まれていたからだ。
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「聖獣クラリス殿、レオン殿下。王が謁見の間にてお待ちです」
侍従の案内で通された謁見の間。
王は玉座に座り、クラリスに深く礼を送った。
「クラリス殿、視察ご苦労だった。どうか、見てきたことを聞かせてほしい」
クラリスは静かに頷くと、一歩前へ出た。
「はい、陛下。私はこの数日間で、都市、村、農村を巡りました。
加護によって土地は肥え、病気も減っていると聞きました。けれど、それだけではありませんでした」
クラリスは、子どもたちの貧しい教室、酒場でギャンブルに溺れる労働者たち、
そして農村で汗にまみれても報われない老農夫の姿を、丁寧に語った。
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「移民によって賃金が下がり、仕事が奪われた者たちが増えています。
結果として、領主たちはその差分の利益で豪奢な暮らしを送り、
村人たちはその日の糧さえも得られない状況に置かれています」
謁見の間は静まり返った。
王はしばらく黙った後、小さく嘆息した。
「……加護が生まれ、富が増す。それにより、人の心もまた豊かになると思っていたが……
現実は、その逆なのだな」
「ええ、陛下。加護は土壌や環境を良くしますが、人の欲や制度までは変えません。
むしろ、加護があるからこそ、“どう分けるか”が問われるようになったのです」
クラリスの言葉に、玉座の両脇に並ぶ重臣たちがざわめいた。
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「……では、聖獣殿。どうすれば良いと?」
重臣の一人が問いかける。
クラリスは視線を王へと戻した。
「私は、ただの聖獣ではありません。かつては一人の王太子妃候補として教育を受け、
今はこの国を“愛したい”と思う一人の人間です」
「聖獣としての加護を施し続けながら、
この国に必要なのは、制度と意識の改革だと信じています。
教育、福祉、そして……移民の受け入れについても、国としての明確な方向性を持つべきです」
王は深く頷いた。
「確かに……私の耳には届かぬ声が、まだまだ多いのだな。
クラリス殿、よくぞ見て、そして語ってくれた」
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謁見を終えて部屋を出たクラリスは、そっとレオンに囁いた。
「……少しは、伝わったかしら」
「いや、君の言葉は届いた。王だけでなく、この国の空気すら変わりはじめている」
レオンの言葉に、クラリスはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
けれど彼女の瞳は、まだ遠くを見つめていた。
――この声が、すべての民に届く日まで。
――本当の“変化”を、もう誰にも止められない日が来るように。




