第25話 農民の暮らし
旅の四日目。クラリスとレオンは、広大な麦畑の広がる農村へと足を踏み入れていた。
朝の光の中で、黙々と鍬を振るう農民たちの姿がある。
「この村では、聖獣の加護で土地が少し肥え、収穫量が増えたと聞いています」
案内役の村長がそう説明するが、その表情はどこか浮かない。
「それでも……賃金は上がらない。むしろ、下がっているくらいでね」
「どうして?」
クラリスが問い返すと、村長は麦畑の向こうを指さした。
「ここ数年で、他国からの移民が流れ込んできたんです。
言葉も文化も違うが、安い賃金で働いてくれる。だから領主は、彼らを多く雇ってる」
「それで、村の人たちの仕事が減って……賃金も安く?」
「ええ。雇い主は“もっと安く働く者がいる”と交渉してくる。
それで村人の暮らしは、むしろ苦しくなっているんですよ」
クラリスは胸が苦しくなるのを感じた。
「加護で作物が増えても、それを享受するのは……」
「一部の領主や、移民を管理する仲介人ばかりです。
あの大きな屋敷を見てください。領主が今年、建て替えたばかりです」
視線の先、村外れの小高い丘に立つ白い屋敷が、まるで皮肉のように輝いていた。
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クラリスは畑の中で黙々と作業を続ける老農夫に話しかけた。
「暑い中、お疲れさまです。少しだけ、お話を聞かせてくださいませんか?」
「……お嬢さん、あんた旅の者か?」
「ええ。村を見て回っているところです」
「なら、これだけは覚えておいてくれ。
聖獣様の加護があっても、俺たちには飯が増えるわけじゃねぇ。
収穫量が増えりゃ、領主が喜ぶ。俺たちは、より安く、より多く働かされるだけだ」
「なぜ、声を上げないんですか?」
「声を上げたって、雇ってくれなくなるだけさ。
あいつらは、俺たちの代わりを何十人も連れてこれる。
……そういう時代なんだよ」
老農夫の瞳に、あきらめにも似た光が宿っていた。
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「これは、ただの加護の問題じゃないわ……」
馬車へ戻る途中、クラリスは小さくつぶやいた。
「加護があるからこそ、人の欲が強くなる。
移民を使って利益を得て、格差が広がっていく。
それを放置すれば、加護はやがて“恨みの象徴”になるわ」
「それでも、クラリス。君の存在が“希望”であることは変わらない」
レオンが言う。
「だからこそ、“その希望がどこに届いて、どこに届いていないのか”を知ることが大切だ」
クラリスは静かに頷いた。
「……私は、すべての民が、ただ“加護を受ける側”で終わらないようにしたいの。
自分の力で未来を選べる世界にしたい」
風に揺れる麦の穂が、金色に波打っていた。




