第24話 小さな教室、未来を繋ぐ手
旅の三日目。
クラリスとレオンは、小さな馬車に揺られながら山間の村へと向かっていた。
ここには簡素ながら学校があり、猫神を信じる村人たちの子どもが通っているという。
「酒場で出会った人たちの話が、ずっと引っかかっていて……
子どもたちがどんな風に育っているのか、ちゃんと見ておきたくて」
クラリスのその言葉に、レオンは静かに頷いた。
「未来を考えるなら、まずは“育つ場所”からだな」
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村の広場の端に建っていたのは、木造の古びた校舎だった。
歪んだ屋根の上には、小さな鐘が取り付けられている。
中に入ると、教室の中には十人ほどの子どもたちが静かに机に向かっていた。
先生は若い女性で、教室の後ろに訪問者が来たことに気づくと笑顔を見せた。
「ようこそ。狭いですが、よければご覧になっていってください」
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クラリスは静かに頷き、教室の隅に腰を下ろす。
その目に映ったのは、紙の角を丁寧に折りながら文字と格闘する子どもたちの姿だった。
中でも、ひときわ眉間にしわを寄せている少女のもとに、クラリスはそっと歩み寄った。
「こんにちは。何をしているの?」
「猫神様のお話の読み書き……でも、ここの字が難しくて」
クラリスはそっとノートを覗き込み、静かに読み上げた。
「“百年に一度、猫の聖獣が現れ、国を富ませる”……そんなふうに書いてあるわ」
「すごい……お姉さん、すらすら読めるんだ!」
「なんでそんなに読めるの? お姉ちゃんも先生なの?」
「ううん、ただの旅の者よ」
クラリスが微笑むと、子どもたちはぱちぱちと目を瞬いた。
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その時、後ろからぼそりと声がした。
「それにしても、すごいな。隣国出身なのに、こっちの文字も完全に読めるんだな」
レオンの軽いツッコミに、クラリスは小さく肩をすくめた。
「一応、王太子妃になる教育は受けてたのよ? 八か国語、読み書きできます」
「……八か国語?」
「猫語も入れれば九かしら?」
「……猫語は除外しよう」
レオンの言葉に、子どもたちがくすくすと笑った。
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授業後、先生がそっとクラリスたちに話しかけた。
「この子たちはとても努力家です。でも、本が少なくて。
学ぶための道具も、教える側も足りません。山を越えるには体力が必要で、王都の支援は届きにくくて……」
クラリスは教室の風景を見渡し、胸の奥に熱いものがこみあげるのを感じた。
「……教育が、未来を築く力になる。
どれだけ加護があっても、それだけじゃ足りない。
“希望を学ぶ力”を、この子たちに届けたい」
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馬車に戻ったクラリスは、しばらく外の景色を見つめていた。
「希望を語れる世界は、知識と選択肢があってこそ。
そのために必要なのは、“機会”よね。
聖獣の力だけじゃ、夢を育てる土壌にはなれない」
レオンは彼女の手をそっと取り、まっすぐな瞳で見つめた。
「君の見た現実が、きっとこの国の未来を動かす原動力になる。
……僕はそれを信じてる」
クラリスはその言葉を胸に、次なる目的地――農村へ向けて馬車を進めた。




