第19話 夜の再会
王宮の裏庭の外れ、人気のない林の小道で、レオンはひとり、静かに夜の空気を吸っていた。
月の光が静かに降り注ぎ、葉の影が石畳に揺れている。
だが、その穏やかな景色とは裏腹に、彼の胸には暗く重たい想いがのしかかっていた。
(俺がここにいるせいで……クラリスが危険にさらされるかもしれない)
兄・パウルの冷酷な言葉が、耳に残って離れなかった。
あの男は本気でクラリスを“利用”するつもりだ。
そして、そのためには弟である自分を王宮から消すことも厭わない。
(俺が身を引けば、彼女が巻き込まれずに済む……のか?)
だが、その選択は、自分にとってもクラリスにとっても、正しいとは思えなかった。
(あの日、森で命を助けられてから――俺は、あの人に生かされてる)
(なら今度は、俺が……彼女を守る番だ)
そんな葛藤を抱えたまま、レオンが静かに目を閉じようとしたその時だった。
ふいに、草むらの中から気配がした。
「……ん?」
音もなく現れたのは、一匹の黒猫だった。
夜の闇に溶け込むような艶やかな毛並み。
金色の瞳が、まっすぐレオンを見つめている。
(……この辺りにも野良猫がいたのか?)
警戒する素振りもなく、猫はゆっくりと近づいてくる。
人懐こさとも違う、どこか意思を感じさせる瞳。
レオンは思わず目を細めた。
「……君、なんだか……すごく可愛い黒猫だな。こんなに可愛い猫を見たことがない。」
猫は小さく鳴いた。
そして、レオンの足元にちょこんと座る。
その仕草に、なぜか心が和らぐ。
重苦しい感情が、ふっと軽くなるような、優しい空気に包まれていた。
「……慰めてくれてるのか?」
思わず出た言葉に、猫はもう一度、にゃあと鳴いた。
次の瞬間――猫の身体が淡い光に包まれる。
レオンは目を見開く。
黒猫の姿が溶けるように変化し、光の中から銀の髪と紫の瞳が現れた。
「……クラリス!?」
月明かりの下、風に銀髪を揺らす少女が、恥ずかしそうに笑って立っていた。
「こんばんは、レオン」
「君……猫だったのか……!」
レオンの声には驚きと戸惑いが滲んでいた。
「うん。驚かせてごめんなさい。でも……あなたには、見てほしかったの」
「なんで俺に……」
「この姿を見せたのは、あなたが初めてなの。
それくらい、あなたを信頼してる。……あなたになら、全部話してもいいと思ったの」
その言葉に、レオンの心が大きく揺れた。
(俺なんかを……そこまで信じてくれて……)
クラリスはそっと、彼の手に自分の手を重ねた。
「レオン、お願いがあるの」
「……なんでも言ってくれ」
「この国は、猫神様と聖獣の加護で豊かになっているけれど、その加護には限りがあるの。
いつか衰退の時が来る。それを、王に伝えたい。でも、私ひとりでは足りない」
「あなたの力を貸して。私と一緒に、この国を守ってほしい」
レオンは小さく目を伏せ、拳を握った。
(俺がいることで、彼女にまた危険が及ぶかもしれない)
(でも、彼女が手を伸ばしてくれているのに、俺が背を向けたら――)
ゆっくりと顔を上げたレオンの瞳に、迷いはなかった。
「わかった。君と一緒に王に伝えに行こう。
この国の未来を変えるために、俺も戦う」
クラリスは微笑み、深く息を吐いた。
「ありがとう、レオン」
ふたりの手が静かに重なり合い、月の光がその絆を祝福するように降り注いでいた。




