第18話 兄の脅迫
静まり返った王宮の回廊を、一人の青年が歩いていた。
月明かりが窓から差し込み、石畳に静かな影を落とす。
レオン・ヴァルゼン。
ヴァルゼン王国の第二王子。
クラリスと王宮に戻ってきてから、彼の胸の中にはずっと言いようのない不安があった。
「……やっぱり、ここは気持ちが悪いな」
かつて自分の命を狙ってきた兄のいる場所。
兄である第一王子・パウルに連れ出され、森に置き去りにされ、騎士たちに命を奪われかけた。
辛うじて命を繋ぎ、森でクラリスと出会ったことが、彼の救いだった。
だからこそ、今この場所に戻ってきたことが、正しいのかどうか、彼にはまだ分からなかった。
そんな時――
「おや、夜更けに散歩かい? 弟よ」
背後から響く声。
その声音に、レオンの背筋がぞくりとした。
ゆっくりと振り向くと、そこには微笑みを浮かべた男が立っていた。
パウル・ヴァルゼン。
ヴァルゼン王国第一王子。
その深緑の瞳には、いつもの柔和さはなかった。
「兄上……」
「よく戻ってきたね、レオン。てっきり、もう姿を現すことはないと思っていたよ。あのとき……あれは、事故だったのさ」
「嘘だ……!」
レオンの拳が震えた。
あの日、騎士たちが剣を抜いたとき、確かに彼は“命を奪われる”と悟った。
「俺に消えてほしかったんだろう。王太子になりたいがために」
「……そうだよ」
パウルは、あっさりと肯定した。
「でも、君が王宮に戻ってきた以上……計画を修正しなくてはならないね」
その笑みは、毒を含んだ花のように美しく、恐ろしかった。
「消えてくれ、レオン。今度は“失踪”でもなんでも構わない。君がここにいると、色々と不都合なんだ」
「不都合……それは、クラリスのことか?」
「察しがいいな。そう、君が彼女に近づくのは困る。あれは私の“切り札”になる」
パウルの声には、何の躊躇もなかった。
「元隣国の公爵令嬢であり、今や聖獣と噂される存在。そんな彼女が王太子妃となれば、民は私を選ばざるを得ない。……君は、その舞台から降りるべきだよ」
「断る」
レオンの瞳が強く光る。
「クラリスを利用するなんて、絶対に許さない。俺は……彼女を守ると誓ったんだ」
「ならば君ごと排除するまでだ」
パウルは背を向け、静かに去っていった。
レオンはその背中を睨みつけながら、拳をぎゅっと握りしめた。
(俺はどうする……? 戦うのか、それとも……彼女のために、身を引くべきなのか)
静寂の中に、答えはなかった。




