第16話 王との謁見と、隠された本心
クラリスは深く息を吐き、肩に乗せた黒猫――セドを軽く撫でた。
「大丈夫よね、セド。ちゃんと話せるわ」
「お前なら平気さ。びびるなよ?」
セドの心の声に、クラリスはそっと微笑んだ。
ここはヴァルゼン王国の謁見の間。
高い天井、白い大理石の床、そして王家の象徴である“月と猫”の紋章が金箔で施された広間。そこに、王が静かに座していた。
「よくぞ参られた、癒し手よ」
王は、年のわりに若々しく、柔和な微笑を浮かべていた。
だが、その目の奥には、国を背負う者の厳しさが滲んでいる。
「この国の預言者が“癒し手の聖獣が森に現れた”と伝えてきて以来、我がヴァルゼン王国にはよき風が吹いている。飢えた畑に実りが戻り、病に伏した者が立ち上がり……。お前が現れてから、奇跡が続いておる」
クラリスはひざを折り、深く一礼した。
「そのように仰っていただき、光栄です。私にできることがあれば、力を尽くす所存です」
王の視線が、クラリスの肩の上――セドに移った。
「その猫も、お前と共に森にいたのか?」
「はい。セドは……長く、私を見守ってくれている存在です」
王は静かにうなずいた。
「猫はこの国にとって特別な存在。神の化身とされておる。……そなたが猫と共にあるのは、やはり天の定めかもしれぬな」
クラリスの胸が、静かに高鳴った。
(この国では、猫が神聖視されている。でもセドは猫の中でも特別な猫神の使いだとは気づいてないみたいね。)
◆
王は少し声を低くした。
「……そなたは森で、ずっとひとりで暮らしていたと聞くが……本当に、誰の手も借りず?」
クラリスの手が、膝の上で少し震えた。
(“旅人”としてレオンが来てくれていた。でも……王様はそのことを知らない?)
セドからは、レオンが王宮に来ていると聞いている。
けれど、王は彼の存在に触れようとすらしない。
「……はい、一人でした。ただ、旅の途中で助けられたことはあります。名も知らぬ方ですが、とても……優しい方でした」
王はひとつ、うなずいた。
「そうか……旅人が。。一人であの森にいたのはさぞ寂しかっただろう。王宮でゆっくりくつろいでおくれ。安心せよ、まだ無理に名乗らなくても良い。大切なのは、そなたが“癒し手”であるという事実だ」
クラリスは丁寧に頭を下げたが、胸の中は落ち着かなかった。
(名乗らなくてもいいと言ってくれる。でも……本当に知らないの? レオンがここにいることを)
◆
謁見を終え、クラリスは静かにセドとともに廊下を歩いていた。
「セド……ねえ、今の話、どう思った?」
セドはふさふさの尻尾を揺らしながら、軽く答える。
「魔力の流れが少しおかしかった。王様自身は本当に“知らない”と思ってる。でも……誰かが、意図的に情報を伏せてる」
「……パウル、かしら」
クラリスの紫の瞳が、わずかに揺れた。
第一王子パウル。
王の前では物腰柔らかに接しているが、なんとなく“信頼”が感じられなかった。
「……レオンがここにいるのに、王様に知られていないなんて、おかしい。誰かが……レオンを隠してる」
セドは黙って歩きながら、クラリスの足元にぴたりと寄り添った。
「安心しろ。俺が探る」
黒猫セドの言葉が、ほんの少し、クラリスの不安をやわらげてくれた。




