第15話 もふもふとの再会
王宮の一室は、まるで煌びやかな美術館のように整えられていた。
深紅の絨毯、金細工の燭台、香り高い花が飾られたテーブル――どれも見事なものばかりだったけれど、クラリスはどこか、落ち着かないままソファに腰掛けていた。
(レオン……来てるのかな)
心の中には、不安と期待が入り混じる。
会いたい。あの人の無事な姿を、この目で確かめたい。
けれど一方で――彼は、兄に命を狙われた。王宮に戻ることがどれだけ危険か、クラリスには痛いほどわかっていた。
(来てほしい、でも……来てほしくない)
自分でも矛盾しているとわかっていても、その想いは胸の奥で膨らんでいくばかりだった。
そんな時だった。
「にゃっ」
部屋の扉の下の隙間から、小さな黒い影がすべり込む。
クラリスが目を見開くより早く、黒猫はするりと部屋に入り、軽やかに歩み寄ってきた。
「……セド!」
瞬間、全身から力が抜けて、クラリスは膝をついた。
ふわふわの毛並み、ピンと立った尻尾、金色の瞳。
まぎれもない、大切な相棒だった。
「よっ、お姫さま。迎えが遅れてすまんね」
魔力に触れるその声に、涙がにじみそうになる。
クラリスはセドを優しく抱き上げ、頬をすり寄せた。
「無事だったのね……よかった……!」
「この国じゃ猫は神の化身と言われている。人間の城に入ることなんて朝飯前だぜ?」
セドはふにゃっとした声で笑うように言った。
ヴァルゼン王国――猫を“神の化身”として崇めるこの国では、猫は特別な存在だ。
神殿でも、王宮でも、猫が現れれば“神の啓示”とみなされ、人々はその姿に祈りすら捧げる。
衛兵も侍女も、ただ頭を下げて道を空けたという。
「さすがセド。……猫の特権ね」
クラリスは笑いながらも、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「で、レオンは?」
セドはクラリスの膝に乗り、くるりと丸くなりながら答えた。
「あいつも来てる。表には出てないけど、ちゃんと王宮の別の部屋にいる。……お前のことが心配で、黙ってなんかいられなかったらしいぜ」
クラリスは胸を押さえた。嬉しい。でも、同時に怖い。
(どうして、来たの? あなたは……危険なのに)
「……レオンは、元気?」
「無理して笑ってた。でも、目が決まってた。お前を守るって、もう決めてる目だったよ」
セドの声は、まるで彼の言葉そのままのようだった。
クラリスは静かに目を閉じ、息を整える。
(私は……どうしたいのかな)
セドを抱きながら、ふと窓の外を見上げた。
空には夕陽が傾き、王宮の塔が影を落としていた。
「セド、少しだけ……一緒に来てもらってもいい?」
「もちろん」
その答えに、クラリスは初めてこの王宮の中で心からの安堵を覚えた。




