第9話 王都の影
王都ヴェルディアスにある石造りの豪奢な王宮は、夕暮れの暗いオレンジ色に包まれていた。
中庭に面した一室には緊迫の気配が漂っている。
室内には王太子アレクシスと、その婚約者でクラリスの義妹のルミエール。
重々しい沈黙の中、書類の束が二人の前に置かれている。
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アレクシスはゆっくりと立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。
外の庭には小鳥の声が響き、くらりと映る夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。
「聞いたか?」とアレクシスが低く呟く。
ルミエールは書類を見る目を上げると、小さく息を吸い込んだ。
「村人たちが言うには……
『夜に森を散歩していたのは銀髪の女で、しかも猫を連れていた』と」
アレクシスはその言葉を嘲笑うように鼻を鳴らす。
「人が住まぬ、王国が立ち入りを禁止した森で散歩だと?滑稽でしかない」
ルミエールも軽く肩を揺らし、毒づいた。
「——“銀髪”で“気品”があったと書かれているけど。。村人は遠くから見ただけでしょうし、木漏れ日の幻想でも見たのかもしれませんね。」
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アレクシスは視線を遠く窓外へと向け、静かに話を続けた。
「しかし問題は、隣国ヴァルゼンの“聖獣伝承”の時期と重なるということだ」
彼の声が染み入るように低く響く。
ルミエールも呟いた。
「百年に一度、聖なる猫の聖獣が現れると言われていて……
それがちょうど今の時期に噂に出るなんて——」
アレクシスは冷ややかに笑ったように口角を揺らす。
「迷信だとはわかっているが、裏付けもないまま一部で“聖獣が舞い戻った”と囁かれたら……
年老いた百姓が森の怪しげな女に願いをかけても構わないが、
噂が囁かれはじめたのがクラリスの追放直後ということが問題だ」
「まず“幻想にすぎない”と民に印象づける。
森の光などの見間違いだと信じ込ませろ。
そして“そんなものは伝承だから信じるな”と上位の寺院へ通達を出す」
ルミエールは眉間に皺を寄せた。
「わかりました……それと?」
アレクシスはペンを取り、書類へ指示を書いていく。
「森の辺境に王宮直属の探偵団を回させろ。
“銀髪の女性=クラリスではない”という証拠を持ち帰って来い。
必要なら説得もしくは排除を考えるべきだ」
ルミエールは書類を折り畳み、立ち上がった。
「……了解しました。森で何が起こっているか、一刻も早く調べます」
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夜。王宮の奥深く、アレクシスは一人、影を引きつつ暖炉の火を眺めていた。その目には伏せた憤りと不安が潜んでいる。
「——クラリスが、生きているかもしれない。
それだけで厄介だ……しかも、下手な伝承まで囁かれ始めたのか」
彼は持っていた書類をグシャリと丸めた。
「民を騙す幻術師の出現を、見逃しはしない。」
机を叩いたアレクシスは、闇の中で硬く拳を握り込んだ。




