Another story : ユウト
深い森の奥に、誰も知らない図書館がある。木の幹をくり抜いて作られたその場所は、雨の日にだけ扉が開く。扉には小さなハートの彫刻があり、触れるとふわりと木の香りが広がる。
ある雨の朝、迷い込んだ少年ユウトは、図書館の前で足を止めた。扉が静かに開き、中からふわりと赤い本が飛び出してきた。それは「まだ語られていない物語」と題された空白の本だった。
「この本に、君の物語を書いてみないか?」 声の主は、図書館の番人である名前もないキノコだった。ユウトは驚きながらも、雨音に導かれるようにページをめくり、静かにペンを走らせた。
書くたびに、図書館の棚が光り、ユウトの記憶が物語として形になっていく。忘れていた夢、失くした友達、そして雨の日に感じた孤独さえも、すべてが優しい言葉に変わっていった。
雨が止む頃、図書館は再び静かに閉じられた。ユウトは赤い本を胸に抱え、森をあとにした。 それ以来、彼は雨の日が来るたびに、物語を書くようになった。誰にも見えない図書館の扉が、いつかまた開くことを信じて。




