紳士怪盗オークルマーサ
原稿が盗まれた。
その報せを聞きつけてきたアネゴは、走ってきたのか息切れていて、青ざめた顔をしていた。
原稿が盗まれたのは俺の部屋。鍵は一つしかないし、オートロックかつ電子キー。さらに鍵はずっと俺が持っていた。
荒らされた形跡もないし、そもそも目的も不明。アネゴにどんな推理力を持っていたとしても解決は不可能だろう。
不審な髪の毛一本すら出てこない怪事件。それは、机の上のとある紙が発見されたことで初めて進展した。
◇◇
伝説の小説家 饒舌太陽の遺した未完の大作・灼熱地獄 の完成プロットが埋め込まれた伝説の『8枚の焔』が一つを盗ませていただく。もちろん、暗号を解読し終えたら返しますのであしからず。 紳士怪盗オークルマーサ
◇◇
「オークルマーサ……!」
意味深に、憎らしげにつぶやく。対してアネゴはというと、
「紳士怪盗オークルマーサ……ッ!!絶対に捉えてやる……ッ!!!!」
殺意を滾らしていた。
◇◇◇
とはいえ、アネゴは気迫だけ。しかも意外とポンコツなのだ。世界を股にかける紳士怪盗オークルマーサを捕まえられるはずもなく…。
意気込んでから5時間。なんの進展もないまま諦めようとしたとき。不意に扉が開いた。
「なにしてんの?」
扉を開けた張本人――奥昌は、ヒラヒラと紙の束を取り出して、机においた。
「これ、玄関におかれてたよ」
それは、まさしく俺たちがずっと探していたモノ――すなわち、原稿だった。
「じゃ、俺帰るね~」
奥昌が靴を履いて、ドアノブに手をかけたとき、アネゴが「待て」と一言。どうやら行き着いたらしい。この部屋はオートロック――奥昌はどうやって部屋に入ったのかという疑問に。
「奥昌!お前…まさかッ!!」
「待て…奥昌……お前、誰だ?」
激情に身を任せるアネゴが暴走しないように、奥昌――否、紳士怪盗オークルマーサを追い詰める。
「クックック……バレたか!」
そう言うやいなや目元を隠す仮面と怪盗っぽい帽子を装着し、正体を現す紳士怪盗オークルマーサ。
「待てッ!」
アネゴが走り出し、奥昌はすぐに逃げる。律儀に靴を履いたアネゴが勝手に鍵がかかった扉をなんとか開けるが、その頃には紳士怪盗の姿はなかった。
その代わり、
「此処は、どこだ?確か俺は家に帰って、それで……」
と睡眠薬で眠らされていたっぽい奥昌がいた。
「クソっ!これじゃ締め切りに間に合わない!」
「なら、締め切りは明後日の夜までとします。あなたは奥昌を保護して!私はオークルマーサを追いかけるッ!」
俺が心底悔しそうにつぶやくと、アネゴはそう言い残し走り去っていった。
アネゴが見えなくなったのを確認して。
「「締め切り延ばし作戦、大成功!」」
俺と奥昌は友情を確かめ合った。