追憶《雨》
雨が降っていた。 それも、まるで何かを洗い流そうとするかのような激しい雨だった。
俺は古びた喫茶店の窓際に座り、冷めたコーヒーを前にして、目の前の新聞記事を睨んでいた。 「資産家・白川恒夫、密室で死亡。死因は毒物による心停止」 密室。毒物。資産家。どれも推理小説の常連だが、これは現実の話だ。そして、俺はこの事件に巻き込まれている。
白川恒夫は俺の父の旧友だった。数日前、彼から突然呼び出され、屋敷に招かれた。 「命を狙われている気がする」と彼は言った。 そのときは冗談だと思った。だが、翌朝、彼は書斎で死んでいた。鍵は内側からかかっており、窓も閉ざされていた。警察は自殺と判断したが、俺には納得できなかった。
屋敷には他に三人いた。 ・白川の秘書、佐伯。几帳面で冷静だが、白川の財産管理を一手に担っていた。 ・白川の甥、悠人。放蕩者で借金まみれ。遺産目当てで屋敷に転がり込んでいた。 ・家政婦の美智子。長年仕えていたが、最近解雇を言い渡されていたらしい。
俺は事件の夜のことを思い返した。 白川は夕食後、書斎にこもった。誰も彼に会っていない。 だが、俺は一つだけ気になることがあった。 コーヒーだ。白川は毎晩、寝る前に必ずコーヒーを飲む習慣があった。 その夜も、家政婦がコーヒーを運んだと言っていた。 だが、警察の報告書には「コーヒーカップは空だった」とある。 毒物はどうやって摂取されたのか。
俺は屋敷に戻り、書斎を再度調べた。 そして、見つけた。 本棚の裏に、小さな通気口。そこから細い管が伸びていた。 管の先は、隣の部屋の壁に繋がっていた。 隣の部屋は佐伯の部屋だった。
俺は警察に通報した。 調査の結果、管には微量の毒物が残っていた。 佐伯は、白川がコーヒーを飲むタイミングに合わせて、管から毒を噴霧していたのだ。 密室は密室ではなかった。見えない通路が、死を運んでいた。
佐伯は逮捕された。 動機は、白川が財産の管理を他人に任せようとしていたことだった。 俺は雨の中、屋敷を後にした。 コートの襟を立てながら、心の中で白川に言った。 「あなたの疑念は正しかった。俺が証明した」
そして、雨は止んだ。
記念すべき100話です!ご愛読ありがとうございました!