第二話
仕事で汚れた体をシャワーで洗い流すし、しっかりとふき取る。ジジイが俺のことを呼んでいるらしいので、普段着に着替え書斎へと移動する。ジジイを主とするこの屋敷は多くの人間が出入りするため年中騒がしい。自室から書斎まではそう遠いわけじゃないから呼ばれればすぐに行ける、がジジイの書斎に入るためにはしっかりとしたボディーチェックの類を受けてからでないと入れない。この屋敷はジジイの部下の人たちが多く出入りするが、ごくまれに裏切り者がこの屋敷に紛れることがある。裏切り者によって手引きされた暗殺者に何度も命を狙われたことがあり、そのたびに警戒態勢を強化してる。ことジジイの書斎への出入りは特に慎重だ。俺が仕事の件で呼ばれたときも一回一回チェックを受けてから入っている。身内に対しても警戒心を強めているのは、自らの瀕死体験から来ているものだった。
「お手数をおかけしました、どうぞ中へ」
俺も綿密なチェックを受けようやく中へと入る。深く腰掛けて紅茶片手に優雅を気取っているが、どうせその中身は砂糖だらけの甘ったるいミルクティーだ。紳士を気取っている割に子供舌なのはお笑いもんだ。
「何の用だ、ファーザー」
「なに、ただのtaskさ」
「ついさっきもやって来たってのにスパンが短すぎるぞジジイ」
「まぁまぁ、疲れていると思うがひとまずこれに目を通してくれたまえ」
そういって渡されたタブレット端末には、一本の動画だった。仮面の男か?座らされているのは女で首に何かつけられている。
「無能な警察の皆々様、おはようございます。さて、この度有川すずさんを誘拐いたしました。すずさんの首にはベタな爆破装置を付けました。解放を求めるのならば私の要望に従ってください。従わないのならば、この方の命はありません。では、ご連絡をお待ちしております」
無駄に丁寧な口調でこちらの神経を逆なでしているのだろう、わかりやすい。
「大方予想通りだな。んで、この男を殺せばいいのか」
「いいや、殺してはならないよ。何せその男は買収されただけの一般人だからね」
「は?どういうことだよ」
「行けば分かるさ、車は手配してある」
これ以上問いただしても答える気がしなかったので、書斎を後にしてさっさと用意された車に乗り込んだ。
「あの、皆さん今回のこと何か聞いてますか?」
「いえ……特に何も説明されずに指定した場所に連れて行け、としか言われてません」
ますます、あのジジイの意図が読めない。一体どういうつもりだ。ジジイが俺にも調査員の人たちにも何も言わないのは不自然すぎる。いつも何かしらの情報を与えてくるのに、今回は映像と目的地のみ。
「目的地は約15分ほど走らせた廃工場です」
意外と近くであまりにベタな場所で思わずため息がこぼれた。半分は呆れて、あと半分は昔を思い出してだった。
「あのジジイが俺たちになんの情報も与えなかったのは、おそらく俺自身が関係するからだと思います。皆さんは到着してもここで待機していてください」
「かしこまりました」
目的地にはあっという間に到着し、俺は一人廃工場に向かった。雨が降り始めており少しだけ肌寒い空気が流れる。中はさらに冷えており防寒をすればよかったと少し後悔した。
「12年ぶりだな、すず」
「来てくれるって信じてたよ、優真君」