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第一話 

人間死ぬときゃあっけなく死ぬもんよ、とは、同じ傭兵団にいたある先達の口癖の一つだった。一仕事終わるたびに浴びるように酒を飲んでは同じ説教ばかり繰り返し、最後には泣き始める厄介な奴だったが、数年前流行した病にかかって自分の言葉通りあっけなく死んでしまった。

野営が多い稼業だから休みは取れるときに取る習慣で、ある日街へ休暇を取りに行くんだと嬉しそうに話していたのが、最後に聞いた言葉だった。


奴は自分の最期に何を思ったのだろうか。傭兵なんてやってるくらいだから、身内は生きちゃいないか疎遠だったんだろうが、やはり寂しかったんだろうか。


そんなに親しくもなかった死人のことばかりぼんやりと頭に浮かんでは消えていく中、俺の視界からゆっくりと光が消えていく。

どこか遠くから子供の泣き叫ぶような声が聞こえてくるが、どうも瞼が重く、どこからそんな声が聞こえてくるのかは分からなかった。


俺は子供が嫌いだし、泣いてる子供はもっと嫌いだ。だというのになぜかその声はどこか心地よい。

ああ、やっと休めるのか。

そう思いながら、俺は少し昼寝をするような気分で目を閉じた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よーし、これで全員集まったな」


しゃがれた声でそう言った壮年の男は、ぐっと膝に手を当て、椅子代わりにしていた酒樽から立ち上がった。

獣油で獅子のように立ち上がらせている自慢の茶髪も、少し前からところどころ白いものが混じり始めており、顔にも刀傷以外の線が増えてきていた。しかしそうはいっても長年荒事(あらごと)稼業(かぎょう)で一団を率いてきた男である。貫禄は減るどころかむしろ増しており、静かに話していてもどこかこちらを身構えさせるような()()がその男にはあった。だが、どんな集団にも好き勝手に口を開く奴はいるものだ。


「おいおい、ずいぶん芝居がかってるじゃないの、団長。あんたとなら地獄の底まで行ってやるからよ、今度はどんな儲け話を持ってきてくれたのかさっさと教えてくれよ!」


団長と呼ばれた男は苦笑するように息をつき、ヤジが飛んできた方へと目線を向ける。


「やれやれ、せっかく真面目な雰囲気を出してんだ、ちったぁ静かにできんかねビョルグ君」


にやにやと笑う()()()()の男はおどけて肩をすくめて見せるものの、その実細められた目には面白がっている様子など微塵(みじん)もない。それは、団の中でも古株に位置するこの男が、団長の様子にいつもと違う何かを感じているという証左(しょうさ)でもあった。


まいったな、という風に髪を撫でつけた団長は、改めて聴衆に向かい本題に入った。


「うちの団な、解散しようと思う」


その一言に何かを問うものも、憤るものも、誰もいなかった。あのビョルグでさえ表情を変えず、次の言葉を静かに待っている。普段は野次と怒声を息をするように吐く傭兵たちが誰一人として声を上げないのは、男の口から発せられる言葉がこれから先の自分の食い扶持、ひいては生死に直接かかわってくると、誰よりも理解しているからだった。


「ま、お前らも薄々わかっちゃいたとは思うんだがな、俺ももう歳だ。若いころは獅子髪のアラギンだなんて言われちゃいたが、いまじゃあせいぜいが山猫ってところだ」


男はそういいながらおどけるように自分の髪を指すが、誰も笑わない。

笑いが起きなかったことにもめげず、男は何でもないことのように話をつづけた。


「ま、というのもあながち冗談ではないんだが...ぶっちゃけた話、この辺りではもう俺らの仕事はなくなる」


そういった瞬間、場の温度が少し下がったような気がした。数十人の男たち、それも人生のほとんどを暴力で生き抜いてきた男たちが本気になれば、途方もない緊張感が場を支配する。その中心にいる一人の男はしかし、その重圧をそよ風が吹いているかのように受け流す。


「アナトリアの王宮事情に詳しいやつがいてな、そいつがいうには近々反国王派の諸侯と国王が講和条約を結ぶ動きがあるらしい。複数の情報筋から同じような内容を聞いてるあたり、まず間違いないだろう。そうなると当然、争っていた二つの陣営にとっかえひっかえで雇われてた俺たちみたいな傭兵にとっちゃあ、飯の種たる戦争がなくなり非常に困るわけだな」


団員達もただの(いくさ)馬鹿ではない。ここまで聞けば、傭兵団を解散するという判断に至るまでに、おおよそどういった経緯があったのか理解できただろう。

男は自分の言葉がその場の全員に行き渡ったことを確認するように間を取ってから、再び口を開いた。


「となると、現実的に俺たちがとれる選択肢はあまり残っちゃいない。例えばこのままお貴族様お抱えの私兵になってみるとか、講和に従わない頑固な連中に加わる、なんてことはできないからな」


ここでいうできない、というのは実行が不可能だという意味ではなく、やっても金にならない、という意味である。

国王と反国王派の諸侯は十年以上も続いた戦乱で疲弊しており、わざわざ貴族が自腹を切って私兵を抱えることはない。むしろ戦争が終わった今、下級の兵から真っ先にお役御免にする準備の真っ最中だろう。では後者のしぶとく反抗する連中はといえば、大体肥沃な土地とはかけ離れた僻地の連中だろうからまず間違いなく金の支払いが渋く、わざわざ物量で勝る国王派と戦うための見返りなど出せるはずもない。


「じゃあみんなでどこか新しい土地で稼ぎを探しに行けるか、っていうとさっきも言った通り俺も歳だからな。見つかるかわからん戦場を探す旅の途中、つまらんことで死ぬくらいならここで身を引こうと思ったわけだ。ちなみに、他の小さい傭兵団なんかは南に下って時々起きるだろう小競り合いなんかで食い扶持を稼ぐつもりらしい。個人でいやぁ用心棒って線もあるし、ま、当然行き場のなくなった連中は山賊、野盗に成り下がるだろうしな」


実際この場にいる男たちは皆、傭兵団という所属を離れれば、多少腕は立つが身元の分からない荒くれ者の集まりだ。生きるためには綺麗事など言っていられる立場にはない。


「とはいえ、俺も鬼じゃあねぇ。当分の資金として一人頭、アナトリア銀貨150枚をやる。こいつは贅沢しなきゃあひと月は食いつなげる金額だが、その間に新しい食い扶持を探さねぇと野垂れ死にだからな、賢く使うことだ」


銀貨150枚と聞いてギラギラとした目線を放つ男たちにそう言い放つと、団長は俺の方に親指をくいと向ける。


「後のことは副団長に任せてるからな、行儀よく―――」




その後に起きたちょっとした混乱は、どうにか数人の軽い流血と打撲で済んだからよかったものの、どうしたって荒れる金の分配を押し付けられたことに恨み言の一つも言いたくなるというものだ。


「よう、生きてるか?」


にやにやと笑いながらこちらに歩いてくるアラギンを張り倒したくなる気持ちをぐっと抑え、差し出されたその手を握る。立ち上がる時それとなくつま先を踏んでおいたが、それぐらいの復讐は許されてもいいだろう。


「ていうかお前、本当に旅に出るつもりなのか?」


ひとしきり痛がるふりをしたアラギンは、頃合いを見計らっていたのかそんなことを聞いてきた。


「まあな」


言葉少なに肯定すると、アラギンはふっとため息をつくと何を見るともなく視線を上に向けた。


「そうか。お前くらい腕が立てば、それなりのところでまた剣を振ることもできそうなもんだがな」


そうつぶやくアラギンだが、俺にその気がないのはよくわかっているだろう。


「まあ、お前の気持ちも分からんでもない。俺ももう、疲れちまったよ」


そういって笑った顔は、今まで戦場でなめてきた苦渋の程度を示すように暗く、虚しいものだった。


「俺は前々から言ってたところに家を構えるからよ。ま、気が向いたら寄ってくれ。」


ぽん、と俺の肩を叩くと、アラギンはそのままふらりと歩み去っていった。

明日死ぬとも分からぬ傭兵どうし、別れ際ほどあっさりしているものだ。

その分再び会えた時の宴会は盛大にやるし、どこかで死んだと風の噂で知ってもあまり悲しまないでいい。


団員たちは最後の仕事とばかりに天幕や輜重隊(しちょうたい)の物資を適当に分け合い、三々五々散っていった。先ほどまで臨時野営地の様相を呈していた空き地は寒々しく感じられるほどに空虚で、アラギンも去って本当に一人になってしまった今、あてどもなく思考をさまよわせるには絶好の場所に思われた。


アラギンがまとめていた傭兵団はもともとアラギンと数人で始めた小さなものだったらしいが、儲け話に妙に鼻がきき、頭も切れるアラギンについていく奴が一人、また一人と増えていき、いつの日か獅子髪傭兵団と言えば他の団からも一目置かれるようなそこそこ名の通った傭兵団になっていた。大きすぎると動きが鈍くなるからと、40人くらいでまとまって動き、欠員が出れば補充して、と活動を続けてきたこの団は、勇猛さというよりは立ち回りの良さ、逃げ足の速さで知られていた。そんなあり方をよく思わない連中からはよくイタチだとか野犬だとか揶揄されていたようだが、勇猛さを誇る傭兵団はどこも戦でもうちより欠員を多く出していたし、いつの間にかどこそこの戦場で全滅していた、なんて話をよく聞いた。

そんな少し風変わりな団だったからだろうか、俺には大分居心地がよかった。昔から口数は多くなかったが、若いころから旅をしていたせいで目端がきき、何の因果か剣もそこそこ振れるからとやや無理やりな形で副団長の座に据えられて早6年。気づけば傭兵稼業にも慣れ、すっかりこんな生活がいつまでも続くものだと思うようになっていた。


「......」


自分の居場所であった傭兵団も解散した今、こうやってぼんやりとしている自分のやりたいことは何なのだろう。


自分が最初に旅に出たときのことを思い出す。

自分が生まれた村は特段特産品もない、その年の小麦の多寡(たか)で領主が派遣する徴収官の前で地面に擦りつける頭の数が決まるような、どこにでもあるような農村だった。子供のころからあまり話さず、何度殴られても農作業に手を抜く俺が村を出ると言い出した時は、いい口減らしになると喜ばれた。何故なのかなど聞かれもしなかったので誰にも言わなかったが、実をいうと俺には一つの目標があった。

他人からは単純でばかげているように見えるかもしれないが、俺にとってはとても重要な目標が。


自分が、()()()()()、そして、()()()()()()()()()という実感を手に入れること。


村の連中は毎日毎日せっせと汗水を垂らして作物を育て、それを何もしちゃいない領主なんて奴に納めてはまずい飯を食い、適当なやつと子供を作っては死んでいく。

俺からすればそんな生活に疑問を持たない村の連中はひどく不気味だったのだが、向こうからすれば逆だったのだろう。思ったことを口にすれば殴られ、怒鳴られるから自然と口数は少なくなった。

かといって、殴られっぱなしなのも悔しいので普段から暇を見つけては我流で体を鍛え、棒切れを振り回すようになるとやがて直接殴ってくるやつはいなくなった。


そんな村をあとにして旅で見た秘境の絶景も、傭兵稼業で見た地獄のような光景も、どれも()()()が、何かが足りなかった。


傭兵になってからは目的などは二の次で、生に執着しなければいけない場面が何度もあったが、その分何故生きているのかなど考える暇も生まれなかった。


懐にあるズシリとした銀貨の重みは、おそらくひと月以上生き延びるには十分な量だ。実をいうと解散に際して団員に銀貨を配るなんてことが出来たのは、アラギンに接触してきたこのあたりの領主が、円満に解散を行ってくれるようにこれまでの戦働きに対して多少色を付けた報酬をくれたからだ。このあたりの村を保護する立場にある以上、手練れの野盗が発生するよりも多少身銭を切ってどこかへ行ってもらった方が得だと踏んでの取引だったが、なかなか賢い領主だとアラギンも言っていた。


そんなわけでそこまで急ぐ必要はないが、やはりどこかで稼ぎ口を探しながらの旅になるだろう。

俺は腰に差した長剣と銀貨袋の口を再度確かめるように触ると、未練を断ち切るように空き地に背を向けた。

導入回なのであまり動きはありませんが、次から本格始動です!

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