ソクラテスの食卓
その夜、プラトンの家に案内されたリナは、夕食の席に同席することになった。簡素な食卓だが、ワインやパン、チーズ、野菜の煮込みなどが並び、当時の一般的な食事としてはかなり豊かな部類らしい。
ソクラテスは杯をあおりながら、弟子たちと議論をしている。そのテーマは「徳とは何か」。リナは言葉の端々を追いながら、どうにか意味を理解していく。アテナイの人々は、こうして酒杯を交わしながら、日々の生活や政治、それに哲学的な話題について夜遅くまで語り合うらしい。
一方、リナはというと、彼らの会話のテンポについていけず、ただ聞き役になっていた。
「リナ、どうした? 黙り込んでしまっているではないか」
ソクラテスがこちらを向くと、周囲の視線が一気にリナに集まる。ドキリとする。
「えっと……すみません、話が難しくて……」
そう返すのがやっとだ。隣に座るプラトンがやさしく微笑む。
「彼女も疲れているんだよ。今日はいろいろなことがあったからね。無理に参加する必要はないさ」
「いや、しかし話を聞いているだけでは、何も得られないのではないか? そなたは“自分が何もわかっていない”と思っているようだが、それならなおさら、問いを発しなければならない。問いを発し続けることが、我々が生きるうえでの出発点ではないのか?」
ソクラテスは批判するような口調ではなく、ごく自然に“問い続けること”の大切さを説いていた。だが、リナはその言葉が鋭く感じられる。ほんの少し苛立ちさえ覚える自分に気づき、そんな自分が嫌になる。
――どうしてこんなに問いかけられなくてはいけないのだろう。私はただ、どうやって元の時代に戻ればいいのか、その方法だけを知りたいのに。
心のどこかでそんな思いが渦巻く。