未知への戸惑い
その後、リナはソクラテスとプラトンの導きで近くの建物の柱の陰に腰を下ろし、事情を話そうと努めた。といっても、自分でもまるで理解できていない。“現代”という時代があって、そこではギリシャ哲学は歴史として研究されていて――この説明に、ソクラテスもプラトンも目を丸くするばかりだった。
だが、彼らはリナの言うことを一笑に付すわけではなく、真摯に耳を傾け、逆に「どうしてそんな不思議な現象が起こったと思うのか?」と問い返してくる。リナは論理的に答えられない自分がもどかしかった。
とりあえず、今は宿を探そうという話になった。しかしリナには当時の貨幣など持っているはずもない。プラトンは心配するリナに「しばらくは僕の家に泊まるといい」と提案してくれた。プラトンの家は、彼のいとこが所有する屋敷の一角を借りているらしく、大きな庭と書斎があるという。
リナは、これは夢なのではないかと思いながらも、暑さで頭がぼうっとしている。薄暗くなりかけた街中を、ソクラテス、プラトン、そしてソクラテスの友人と思しき数人の男たちがわいわいと歩いていく様子に付いていく。
道中、ソクラテスがリナに問いかける。
「リナよ。そなたは日本で“哲学”を学んでいると言ったな。ならば、そなたにとって哲学とは何だ?」
急に問われて、リナはまたしても答えに詰まる。どう答えるのが正解なのか。いや、そもそも正解不正解の問題ではないのだろうが。心の内はどぎまぎし、気の利いた言葉が浮かんでこない。
「あの……まだ勉強中で、本当のところは……わかりません。いろいろ本を読んではいますが……」
ソクラテスは「ふむ」とうなずき、
「わからないと自覚するところから始まるのは良いことだ。だが、わからないということを、いったいどれだけわかっているのか。それが問題だ」
と言った。リナはその言葉が胸に突き刺さる。