普通のおじさんのフリして視察してみよう
魔王国も安定して来たので、我は少し旅に出ようと思った。必要になれば何処にいても飛んで帰れば良いから、支障は無いだろう。我は牛やパラキス達に旅をするから、何か必要なことがあったら風に伝言を頼むと言って国を出た。出るとすぐさま外見を普通の人族の中年男性に見えるように変えた
久しぶりに人族の国を廻る。相変わらず貧民街はあるし、支配者階級の者は労働者を道具のように思っているように見受けられる。だが、一つ変わったことは、何故か魔王軍が駐屯していたことだ。我は不思議に思い、近くの住民に聞いてみた
「すまぬ。我は旅の者だが、なぜこの国に魔王軍がいるのか教えてくれぬか」
その人は我の顔を不思議そうに見ると
「おや、知らないのかい?魔王軍様は人族の相談に乗ってくれるのさ。どの国でも、どんな小さな村にも魔王軍はいるはずだけど、あんたの村にはいなかったのかい?」
そんなの初耳だぞ
「ああ、我は森の中でずっと一人で暮らしたからな。知らない」
出まかせを言って答える
「そうかい、それは大変だったね。ならあそこに行って、仕事を見繕って貰ったらどうかね?」
「仕事まで紹介して貰えるのか」
「ああ、無論だとも」
一体どうなっている。仕事の斡旋までしているとは思ってもみなかった。我は実態を知る為にその場所へ向かった。そこは大きな天幕になっており、中に入ると明るいが、家具などは必要最小限しかない質素な作りになっていた
「いらっしゃいませ。魔王軍にようこそ」
入ると直ぐに受付と思われる机があり、一人の女性が明るい笑顔で迎えてくれた
「何か御用でしょうか?」
「いや、あのここで仕事の紹介をしてもらえると聞いて来たのだが…」
「しておりますよ。そこにお掛けになって用紙に記入をお願いします。あっ、文字は書けますか?書けなければ代筆もできますが」
「いや、書けるから結構」
どうするか。魔王であることを言っても良かったのだが、どのような仕事をさせるのかも知る必要があると思い、名前を隠して用紙を埋めていく。名前、生年月日、これまでの仕事など結構な項目がある。まさか仕事に魔王とは書けないので、適当にでまかせを記入する
書き終えると、その受付の女性に手渡す
「ありがとうございます。全部記入して頂いているので、仕事をご紹介出来ると思いますよ。少々お待ちください」
彼女は奥に入って行った。風に何をしているのか聞くと、中で風に我がどのような仕事が向いているのか聞いていると言う。うーん、まさかそこまで人材育成が行き届いているとは。この街は規模が小さい。村に毛が生えた程度の人数しかいない。なのに風の声を聞ける人材がいるのなら、魔王軍の中には相当数の人員がいることになる。パラキスは実に良い仕事をしたようだ。
しばらくすると女性は戻ってきた
「お待たせしました。どうやら、オーマ様に最適なお仕事はここにはないようです。王都へ行かれては如何でしょうか?」
「そうですか。王都でどんな仕事に就けばいいのでしょうか」
そこで女性は困惑した表情で答えた
「王都にも魔王軍がおります。そこを訪ねて頂き、パラキス将軍閣下、いえパラキスというものに尋ねて頂くとわかります」
「わかりました。ありがとうございます」
成程、直接パラキスに聞けということか。我はそこを出て、王都を目指した
王都までの道中、ころされそうになったり追い剥ぎが出たり詐欺師に遭ったりと色々あったが何事もなく王都の門前まできた。門前と言っても単なる門構えがあるだけで、都市全体が塀で囲われている訳でもなく、単にここから王都内だと区別しているに過ぎないものだった。
大勢の人々が行き交い、物売りの声や子供達が遊ぶ声、酔っ払いがくだを巻いて喧嘩し周囲が囃し立てる声など、実に様々な音が聞こえてくる。人が生きている証のような喧騒だった
我は門を潜ると、魔王軍の駐屯場所を目指した。程なく見えてきた看板を見てぎょっとする。門前からもとても目立つ場所の建物に巨大な看板が掲げられおり、そこに
「魔王軍駐屯地」
とデカデカと書かれていた。人族の地でこんなに派手な看板を掲げて大丈夫なのだろうかと思い、近くの物売りのおじさんに聞くことにした
「いや、こっちからお願いしたんだよ」
おじさんからペンネの実を貰いながら、それとなく聞いてみた
「最初は看板が無くてね。だけど来る人来る人、魔王軍の駐屯地は?って聞くから、大きな看板つけてくれって、商店街からお願いしたんだよ。どこの店も毎日、毎日、何人もの人に聞かれるからな。ほんとあん時はうんざりしたよ」
「それは大変でしたね」
「お陰で今は誰も聞かれないからね。あれが目に入らない奴なんていないからな」
我は申し訳ないと思いながらも、その店を後にした
魔王軍駐屯地の入り口には大勢の人々が並んでいる。行列の先には「こちら最後尾」と書かれた看板を持った係が大声で案内している。我はその最後尾に並んだ
「いつもこんなに混んでいるのですか?」
我はその係に聞いてみる
「今日は少ない方です。1時間位でご用件をお伺いできると思いますから」
と笑顔で言われた。要件を言うまでに1時間?、今日は少ない?なんでこんなに人が並んでいるのか、我は理解できなかった
1時間程待つと、ようやく入り口に辿り着いた。扉を潜ると沢山の窓口があり、側にいた係の人が○番の窓口へどうぞ、と案内された。我はその窓口に行き要件を伝える
「パラキス殿にお会いするよう言われてきたのだが」
「どちらのご紹介ですか?」
我は尋ねた村の名前とその係の人の名前を告げる。すると窓口の人は既に風から聞いているようで、確認が終わると笑顔で言われた
「ようこそおいでくださいました、オーマ様。パラキス将軍、いえパラキスが直ぐに参りますので、面談室1番へお入りください」
窓口の人が右の方を指差す。我はそちらをみると面談室と書かれた沢山の扉が見える。礼を言ってその1番と書かれた扉へ向かい中へ入った
中には質素な椅子が2脚と机があり、それ以外の家具はない。机の向かい側の壁に扉がもう一つある。我は扉側にあった椅子に腰掛けパラキスが来るのを待った。間も無く向かいの扉からパラキスが現れた
「お待たせ致しました、魔王様。いえオーマ様」
「我だとわかるか。魔王で良い。お前に名を隠しても意味がない」
「目が見えない事が幸いして見た目を変えても魔王様と直ぐにわかります。本日はどのようなご用件で」
我は何故これほど魔王軍が各地に駐屯しているのかを聞いた
「人族から要請があった場所に駐屯しています」
「なぜだ?」
「我らに様々な問合せをしたい時に側にいてもらえると助かると言われます」
どうやら本当に様々な問い合わせがあるらしい。子供の熱が下がらない、夫婦喧嘩の仲裁をして欲しい、探し物が見つからない、など日常的なことから今年の麦の収穫量や政治的な方策などあらゆる質問があるそうだ
「人族には医者や政治を司る者もいるではないか。その者達へ相談はしないのか?」
「その者達からも問い合わせがあるのです」
つまり人族は魔王軍に頼り切っているということか。
我はため息しか出なかった
「ところで魔王様、何かお仕事をお探しと伺っておりますが?」
「そうだった。どこか斡旋してもらえぬか」
「承知しました」
パラキスは風に聞いているようだ。我が直接聞いても良いのだが、それでは魔王軍の日常の行いがわからない。すると王都の東にある倉庫に仕事があるとのことだったので、そこへ出向くことにした