病が流行る理由
それから季節が巡り、魔王国の1年(人族の72年)が過ぎた。イナ国のコイン国王は引退し、何故か魔王国で葡萄酒を作っている。今はその息子が国王となった。イナ国と国交を結ぶと、その周辺国も魔王国と国交を結ぶことになり、我は西に東にと忙しい日々を送った。パラキス率いる魔王軍は更に膨れ上がり、人族の国々へ技術支援や食糧援助などを行う魔王国の顔となった。人族では我よりもパラキスの方が有名な位だ。
ある時、パラキスが我の元にやってきた
「魔王様、報告がございます」
「どうした」
「人族の東の国で伝染病が流行り始めました。対策が必要です」
風からも報告が来ていた。東で流行り病が出始めたと
「風からも聞いている。何か対策を考えたのか?」
「薬師が効果のあるものを探していますが、未だ分かりません」
どうしたものか。愛に尋ねると放置せよとのことだった
「そのまま何もせずとも良い」
「よろしいので?」
「今はな。その地から魔王軍を全て引き上げ、こちらに戻せ」
「御意」
それから暫くしてその地から魔王軍が戻ってきた。我は彼らを隔離された建物へ住まわせ様子を見ていた。離れていた家族と再会もできず可哀想だとも思ったが、そこは少しだけ耐えてもらうしかない。パラキスには全員に彼らが魔王国の国民である事を良く言い聞かせるよう伝えた
「魔王様、戻って来た者の中に流行り病の症状があるものが数名いたのですが、こちらへ戻って来てから治ったようです」
パラキスが報告に来た
「そうか、なら皆家に戻って良い」
「御意。しかし何故治ったのでしょうか」
「必要無いからだよ」
「必要無い?」
「病が必要無いからだ」
人族には申し訳ないが、魔王国に居る者に流行り病は必要なかった。病は本人の必要に応じて起こる。必要ない者には罹らない。病の症状があったものは魔王国から離れていて、その事に確信が持てなくなったからだろう。これからその必要もなくなるに違いない
「パラキス、病を患うには理由がある。お前が目が見えなくなったこともだ。何故私だけが不幸なのかと嘆くのはわかるが、嘆きが尽きたなら、それが必要だったのだと受け入れれば病が病である理由は全うし、無くなる」
「諦めろということですか?」
「お前は諦めたのか?」
「いいえ、魔王様へお仕え出来て幸せです」
「そういうことだよ。例え完治しなくとも、それを受け入れれば、愛は必ずお前にとって相応しい幸せな道を授ける。薬師が必要ないと言っているのではない。愛が必要だと思えば薬師に必要な薬の処方を降ろす」
「つまり愛のままにということでしょうか」
「そうだ」
「ありがとうございます」
パラキスは礼をすると退出した
その後、人族に流行病は蔓延し、多くの者が亡くなった。愛は魔王国の薬師にもその処方を降ろすことはなかったので、薬は作れなかった。我は人族の王達からの要請で物資提供や避難所の開設などに手を貸した
「魔王殿、今年の葡萄酒が出来たのでお持ちしましたぞ」
イナ国の前国王コインが酒樽を持ってやって来た
「今年の出来は如何か?」
「例年通りかな。まずまずといったところ。さあ、一杯やりましょう」
我は前国王と向かい合わせになり、酒を飲み始めた。最初は今年の作柄など世間話をしていたのだが、やがてコインは我に聞きたいことがあると話し始めた
「なぜ魔王国に流行病がないのか、を聞きたいのか?」
「ははは、まあそういう事です」
「他国の王から探りを入れろと?魔王国に流行病がないのは、何か特効薬を隠しているからだと?」
コインは笑っているが肯定も否定もしない。我はため息しか出なかった
「愛がされることに、我は感知出来ないし必要ない。愛が人族に流行病が必要だと判断されたから、としか答えようがない」
「魔王国には必要なかったと」
「そうだ。その理由は我にも分からん。薬師にも我にも薬の情報は降りてこなかった。愛に聞いても必要ないと言われた。それだけだ」
コインは黙って聞いている
「なあ、コイン殿。我は人族と真逆をやるからと言って、人族を憎んでいる訳ではない。命が苦しむ姿は我とてみたくはない。それが人族であろうともだ。もし薬があるなら、喜んで提供している。だが、愛は必要ないと言われた。ならば我に出来ることは物資提供や避難所の開設位だ。もちろんそれはやった」
コインは相変わらず黙って聞いていたが、やがて頷いた
「やはりそうですよね。我は他の王からの問合せに魔王殿は隠したりはしないと言ったのですが、なかなか聞き入れてはくれませんでした」
我はそれが流行り病が必要だった理由ではないのかと言いたかったのだが、我の役ではないので黙っていた
「パラキス殿は他国で流行り病で亡くなった方の弔いや、残された家族への援助を積極的にされていました。風のようにやって来て神の如く事をなすと、風のように去っていくので『風神のパラキス様』と呼ばれているようですよ」
魔王国に風神はないだろうと思う。風魔のパラキスならわかるが
「人族の王が大変なのもわかる。だが人族は人族で問題を解決しないと、いつまで経っても同じ事を繰り返す。その問題を解決できれば、病も必要ないことは魔王国が証明している、とは思って貰えぬものか」
コインは少し考えていたが
「難しいでしょうね。我もこの国へ来てから初めて愛を知りたいと願うようになりましたから。パラキス殿は常に愛のままに受け入れよ、とおっしゃっています」
パラキスはそんな事を言っているのか、我は初めて知った。コイン殿が退出された後、牛に話を聞いた
「牛よ、パラキスは最近、愛のままに受け入れよと言っているのか」
「ええ、それはもう。魔王軍の訓示になっていますよ」
牛の話ではパラキスに感化され、愛を受け入れる運動が流行りだとか。それは良いのだが、大丈夫かと少し不安になる。愛に聞くと笑って何も言われないので、我はほっかむりを決め込み、放置することにした