ぞくぞくとやって来た
魔王国に帰ると、我は牛と山羊、パラキスを呼びタリウ村の住民を魔王国の住民とすることを話した
「我らは定住することはない。当然この地に引っ越しをしてもらう事になる。その準備を頼む」
「承知しました」
「村長を呼んでくれ」
我は村長がくると、魔王国の住民になる事を話した。
「分かっていると思うが、我らは人族のように定住しない。6節毎に住む場所を変える」
「魔王様、6節とは何でしょうか」
「ああ、そうだったな。人族にはない習慣だった」
我は魔王国の時について説明した。季節を2回繰り返すことを1節(最初の季節を夫、2回目を婦)と呼び、6節になれば地を離れ次の地へと赴く(6節で1月と呼ぶ)。国の要である「中」を中心に、その対角線上にある地で新い生活を始める。また6節経つと次の地へと移動し、6月になると「満天」と呼び、1月から6月までを1年と呼ぶことを話した。
「つまり人族の暦で言うなら6箇所を12年周期で巡り、72年で元の地へ戻ることだ。月や年の概念も違うから間違えぬようにな」
「わかりました」
「後の細かい事は牛と山羊とパラキスがやる。そちらに聞いてくれ」
「魔王様、ありがとうございます」
村長は深く頭を下げると、退出した。これで良かったのか心中複雑な思いなのだが、タウリ村の土地を魔王国の領地にするわけでもなく、住民がいなくなっただけだから領土問題には発展しないことを願った。人族の王は良いと言っていたが、城主が何をしてくるか分かったものではない。我は用心すべきかと思い風に聞くと鼠に探らせたらどうだと言われたので、鼠を呼び城主の城を監視するように頼んだ
それから何事も無い…事はなく大有りだった。タリウ村の周囲の村の者が魔王国に続々とやって来たのだ。これは不味いと思い、鼠を呼び出す
「どうだ鼠、城主は何か言っていたか」
「タリウ村やその周辺の集落から人がいなくなっていると部下が報告したら、あいつらがいなくなって良かったと喜んでいました。部下が探しますかと聞くと、必要ない、奴らがどこでの垂れ死のうと関係ない、逆に陳情にこなくなったので清清したと言っていました」
判らない。理解できない。我は深いため息をついた。国は人により成り立っている。人がいない国は国ではなく、ただの空き地だ。それを喜ぶのか。王から城主として支配をまかされたものが。人がいなくなれば生産力は落ちる。それは国力低下を意味し城主として無能であることを自ら宣言するようなものだ。それがなぜ判らぬ。人族の王が城主のことを情熱も勇気も知能もないと言っていたが、その通りだ。まさかここまで阿呆だとは思わなかった。
「人族の人材不足も深刻だな。城主の責任感の欠片も無いようだ。まだ探し出して魔王国に攻め込むぞ、と言うなら分かるが」
「そのようですね」
側で話を聞いていた牛も呆れていた
魔王国と国境を接する村落(つまり森の境にあった村落)の殆どが魔王国の住民になった。よって人族の住まう場所と魔王国の国境付近には空白地が出来た。そこへ盗賊が根城を構えるようになったとパラキスから報告があった
「賊?」
「はい魔王様。廃墟を使って悪事を働いているようです」
パラキスが答えた
「人族から軍隊は来ないのか?」
「まだのようです。奴らは魔王の配下だと騙って近隣の村を襲っており、見過ごすことができません」
人族の不始末は人族でやってもらいたい。魔王はため息をついた
「懲らしめる必要があるようだな。人族の王と相談してどうするか決めよう」
その夜、我は再び人族の王を訪ねた。彼はいたく歓迎してくれたが、本題に入ると顔を顰める
「それは申し訳ない、魔王殿」
人族の王が頭を下げるので、我は慌てて
「おいおい、人族の王が魔王に頭を下げたら民衆が怒り出すぞ」
「良いのですよ、誰も見てませんから」
本当にいいのかよ、そんなんで。と思ったが賊の対処が必要だった
「それでどうする王よ。こちらで捕まえるのは簡単だが、それではそちらの面子が立たんだろ」
王が暫く考えていた
「ならば私がそちらへ出向きますので、捕まえた者を引き渡して頂くと言うことでどうでしょう?」
「自分達で捕まえる気はないのか?」
我は呆れて王に問う
「大きな声では言えませんが、そちらにいる一味の中に王族の関係者がいるのです」
なるほど、我らがそいつらを捕まえて人族に引き渡した方が、そいつらの権限で誤魔化しや揉み消しができないと言う訳か
「私が魔王を名乗った嘘つきどもを捕らえれば、賊が魔王の配下ではないことが証明できます」
「なるほどわかった」
その後、我は王と細かい打ち合わせをして、その日に備えた
人族の王がやってくる日の数日前の深夜、我はパラキスと軍、そして住民の手を借りて全ての盗賊を捕らえた。奴らもまさか密偵が動物たちだとは思っていなかったようで、鼠が部屋の隅で聞いている前でも堂々と仲間の名前を呼び、相談事をするなど全ての情報が筒抜けだった。夜が明ける少し前、パラキスが報告に来た
「全て捕らえました、魔王様」
「わかった」
こいつらは王都から王が軍隊を引き連れてくる日を知っていた。その前に逃げようとしていたところを一網打尽にしたのだ。
「やあ、嘘つき共。よくも好き放題やってくれたな」
我が肥えた身なりの良い男の前に行くと声を掛けた
「なんだ貴様は!我を誰だか知っているのか!」
その男は縛られており、地面に転がされていた。近くに居る牛が前足で蹴り飛ばすと、ボールのようによく弾んで転がった
「知っているとも、魔王と名告っていたそうだな?奇遇だな、我も魔王なのだ。我の他にも魔王がいたとは」
我がそう言うと、そいつは真っ青になった
「なんだと!、これから王の軍隊が来る。お前は捕まるぞ」
「そんなことはないさ。だってアンタ魔王だろ?我は悪さをする魔王を捕まえたんだ。そのまま王に引き渡せば処刑してくれるぞ、魔王として。良かったな、一国の王として死ねるなんて最高だよな?」
そいつはガタガタと顎を震わせると、泡吹いて白目になって気絶した。こんなのが魔王を名告ったのかと思うと悲しくなってくる。我はため息をついた。
「パラキス、こいつはその辺に転がしておけ。他のものは縛って古屋に閉じ込めておけ」
我は軍の皆を見る
「見ての通りこいつらは腰抜けだ。本当の魔王軍の強さを良く教え込め。ただし殺すなよ。それでは人族と同じだからな」
我がそう言うと大きな歓声が上がった。人族の王から殺さなければ好きにして良いと事前に許可をもらっているので、しっかりと魔王軍とは何かを教え込んでから引き渡してやろう
約束の日、人族の王はやってきた。煌びやかな旗が旗めき人数が多い。その中で一際目立つ人族の王、とその側近が数名、馬に跨り我の方へと近づく。パラキスとその部下たちは、我の側で身動ぎもせず立っていた。
いつの間にやら魔王軍の制服なるものが出来ており、「これをお召しください」と先ほど渡された服を着たのだが、これがまた派手だった。人族の真逆なら制服は要らぬのではないか、とパラキスに言ったのだが、「それとこれとは別です」と意味不明な説明で着ることになった
人族の王は我の近くまでくると、馬から降りて我の前に来た
「お初にお目にかかる魔王殿。我は人族イナ国の王、イナ・オモテ・コインである。この度は人族の魔王なる輩を捕らえたとお聞きし参上した。お引き渡し願えるか」
王はお初にを強調して威厳に満ちた大きい声で話した。もちろんお初でもなく何度も会っているのだが、部下の手前もあるのだろう。我にしか見る事のできない角度の王の目は笑っている
「丁寧なご挨拶痛みいる。我は魔王国の魔王である。お初にお目にかかる。賊は数日前に全員捕らえた。あなた方がここへ来られる前に逃亡しようしとしていたのでな」
人族の王の側近はわずかに動揺していた。情報が漏れていたことを知らなかったようだ。人族の王は少し憮然とした態度をしていたが、それは我に対してではなく、部下に対してのようだ。相変わらず目は笑っていたから
「パラキス将軍、奴らを連れて来い」
「はっ」
パラキスが部下に命じると、部下はすぐさま奴らを引き連れてくる。ここ数日で魔王軍とは何かをじっくり説明した甲斐があったのか、とてもお行儀よくやってくる。その中に王族を見つけると、側近は明らかに動揺し隠せなかった。我はそいつを王の前に連れてきた
「紹介しよう、人族の魔王と名告る者だ」
そいつはもう抗議する気力も起きないのか、大人しく頭を項垂れていた
「ほう、こいつが人族の魔王か。随分狼藉を働いたようだな。安心しろ、人族の魔王を名告った大馬鹿者として公開処刑にしてやる」
人族の王はかなり頭にきているようだ。公開処刑と聞いて側近の一人は青くなっている。己が関係していると自白しているようなものだ。人族の王はその側近を見ると
「ほう、お前も関係者なのか?なら一緒に処刑してやる。奴を捕らえろ!」
「いえ、違います私は…」
言い訳する暇もなく、他の側近に捕らえれ連れて行かれる。人族の王はそれを見て呆れているようだったが、我に向き直った
「魔王国の魔王殿、ご協力感謝する。お見苦しいところをお見せして申し訳ない。後の処分は我らに任せて頂きたいがよろしいか?」
「無論だ、王よ。こんなことは二度と無いようにしたいものだ」
「我もそう思う。ご迷惑をおかけした。お詫びに土産を用意したのだが、受け取ってもらえるだろうか」
「わかった。我の屋敷に案内しよう」
こうして茶番は終わることになった。流石に人前だから二人だけで飲むわけにもいかず、土産を受け取って世間話を少ししてから別れた。人族の王はまた後日、城でお待ちしていますと言うから、行かない訳にも行かず我はため息をついた