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盲目の将軍


老婆はこの地で死ぬつもりだったそうだ。目が見えなくなり、周囲に迷惑がかかるなら死んだほうが良いと思い、自ら家を出て何も食べず死を待っていた。なんでも人族からこの地は忌地と呼ばれており、飢餓で子供を養えないと子を捨てる場所らしい。我はため息しか出てこなかった


「なあ(おうな)。なぜ自ら命を断とうと思うのだ」

「私は役に立ちませぬ。一人でも食い扶持が減れば家は安泰かと思いまして」

「なら役に立つなら生きる気になるのだな」

老婆は戸惑っていたが、やがて頷いた

「よろしい。ではお前は今から魔王国の将軍だ。この国を守る軍隊を統べろ。名も必要だな。嫗は今からパラキスだ」

パラキスは仰天してまた腰を抜かした


「魔王様、なぜパラキスが魔王軍の将軍なのですか。魔王軍なんてありましたっけ」

側で話を聞いていた牛が我に問う

「軍は今作ることにした。それに魔王軍は人族の真逆の軍隊だからパラキスが適任だ」

我は魔王軍の方針を話す



【魔王軍の心得】

一、命の使命と尊厳を守ることを目的として武力を行使する

一、人族が見放すなら見出し、見出すものは手放す



「人族の軍隊は殆ど男だ。なら我らは女だけにする。そして将軍は戦と縁がないものが相応しい。魔王軍は人族を殺さないからだ」

「私は何をすれば良いのでしょう魔王様」

パラキスは迷っているようだ


「簡単だ。愛に聞けば良い。風に願え。何をすれば良いのかと」

パラキスは戸惑っていたが、山羊や牛達の助けもあり魔王軍は段々とその姿を表していった。後に「風神のパラキス」と周囲から呼ばれるようになったのだが、なぜ魔王軍の将軍に神の名がつくのだ。誰かその矛盾に気付いて止めてくれれば良いのに


我ら魔王国で一番大切なものはと聞かれたら、それは魔族の皆である。当たり前の話だが、人族ではそうではない。一部の人が大勢を支配し道具を使役するような事をしている。そもそも貧民街なるものがある時点で察することができる。なので魔王国は一人一人が独立し生きていく事を第一とした


まず我は成人した魔族全員(動物が殆どである)と面談し、何をしたいのか聞いた。魔王国の教育機関は子供達に「今何を感じ何をしたいのか」をいつも問うて聞いているせいか皆直ぐに話をしてくれた


「魔王様、我は人族の人を助けたいです」

「そうか。なぜだ。お前は山羊だろう」

「彼らは幸せではありません。助けてあるげるべきです」

「ふむ。お前の考える幸せとは何か言えるか」


その者は黙って考えていたがやがて答えた

「笑って暮らせることだと思います」

「人が笑って暮らせるとお前も笑って暮らせるのか?」

その者はよくわからないような顔をする


「我はお前が幸せであるようにこの国を作った。だからお前の幸せが一番大切だ。再度問う。人が笑って暮らせるとお前も笑って暮らせるのか?」

その者は再び黙って考え込んだ

「よくわかりません」

「ならそれはお前のやりたいことではないよ。真にやりたいと思うことならよくわからないという答えになることはないからな」

我はその者が見ている方向性がずれている事に最初から気づいていたが、それはその者がそれを知りたくて我に問うたことだ。だからそれを否定はしない。


「なあ、お前がやりたい事はお前自身が直接幸せを感じる事だ。他者を介して己が幸せだと思うことではない。もう少し考えてみてはどうだ」

「わかりました魔王様」

これでは神の頃とやっている事が変わらない。人族は神に導かれて今があるはずなのに、なぜその逆をやろうとしても同じ事をする羽目になるのか。我はため息しか出なかった。


それから幾時が経ち、皆は己の真の道を歩めるようになり始めると、穏やかに楽しげな労働をしていた。パラキスも軍を率いて国境近くを巡回し警備していた。今のところ人族から何も言って来ないので平穏な日々だった

ある時パラキスがやってきた


「魔王様、ご報告があります」

「なんだ」

「巡回中に赤子を捨てにきた人族に出会いました。赤子を引き取ると言うと魔王国について聞かれたので話をしたら、その者も住民になりたいと申しております」


ついに来たか、と我は思った。赤子とその者を連れてくるよう言い、暫くすると赤子を抱いた女がやってきた。粗末な身なりで顔色も良くない。大体事情は察したが話だけは聞くことにする

「魔王国の住民になりたいと聞いたが、なぜだ」

「ここでは皆食べらない事はないと聞きました。私は夫に先立たれ食べることもままなりません」

「そうか。周りの者は助けてくれないのか」

「そんな余裕は誰もありません。夫がいる時でさえ、生きるだけで精一杯でした」


まあそうだろうな。我も貧民街を何度も見たからよくわかる

「いくつか条件がある。それで良ければ住民になって良い

一つ目はその赤子は我が預かりその子に相応しい親となるべき者に育てさせる。本来はお前が育てるべきだが、今の世は乱れすぎていて赤子は本来の親の元へ生まれてこない事がある。だから我が見定めて親を決める」


女はかなり動揺していた

「見定めた結果、お前が育てることになることもある。それは観てみないとわからない。大体お前は赤子を育てられなくて他の者に委ねる決意をしたのだろう?」

だいぶ迷っているようだが、やがて頷いた


「二つ目はお前がこの国の住民になったら、最初の働き口は軍隊だ。これは義務だ」

女は驚いていたが、素直に頷いた。仕事を貰えるというだけでも安心出来たからだ

「よし、それならお前は今らか魔王国の住民だ」

「ありがとうございます」


側で聞いていたパラキスは驚いている

「魔王様、いつから義務になったのですか。私は知りませんが」

「今だ。たった今決めた。無論、ずっとではない。魔王国の事情が飲み込め、他の仕事を願うなら別の相応しい働きをしてもらう。パラキス、それまで魔王国とは何かをこの者に教えろ。それも軍隊の仕事の一つだ」

パラキスが何を教えたのか我は知らぬ。だが何故かこの後に沢山人が集まってきた。それも赤子を抱いた女ばかり。気づいたら数十名に膨れ上がり、軍属から離れようとしない


「パラキス、最近入った軍人は軍を離れていないようだが、何かあったのか?」

我は問うとパラキスは誇らしげに答えた

「これも魔王様の御威光にございます。魔王様の素晴らしさを理解すれば皆自然とこの国に献身したいと思います」

「そうか」


一体何を話し教育しているのだろうか。我は少し不安に思ったが、任せた以上は口出しはせず我が責任を取らねばならぬ

「何か困った事があれば相談せよ」

「御意」


牛達の話によると、魔王国の周囲の村落ではパラキスは有名人のようだ。畑作の技術供与や食糧援助、子育て相談から近隣のトラブル解決まで何でもこなすならしい。パラキスは周囲が安定し信頼ができれば、魔王国の安全性が高まるからであり、援助が目的ではないと言っているそうだ。何しろ家畜とも普通に会話ができるし、判らなければ風に聞けばいいから問題はないらしい。魔王軍は公平明大で信頼も厚く、頼りにされているようだ


「軍は全て女性なので、村落の女性も話しやすいようです」

牛が楽しそうに教えてくれる

「そうかも知れぬな。そのつもりはなかったのだが」

「荒事や力仕事も男顔負けのようです。以前、男達に襲撃されたようですが、返り討ちにしたようです」

「そうか」

我も時折り訓練の様子を見ることがあるが、そのハードさにいつも驚いていた。だが当人達は相当な気合があり、嫌々やっている様子が微塵もないから何も言わなかったのだが、そんなに強いとは思わなかった


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