建国の歌
我は魔王である。神の生まれ変わりであることは秘密だ。愛に頼んで神の真逆である魔の王になりたいと願って叶えられた。愛は万能である。感謝しかない
我は人族を知るためには人族の敵になるのが名案である。なら奴らと真逆をやればいい。実にシンプルでわかりやすい。人を集めるための基本方針は
「人族の真逆であれ!」
そうしよう
我は人族の姿になって人族の国々を放浪した。人族は一体どんな生活をし統治をしているのか、じっくり観察した。
どこの国も王や貴族が統治をし、その下に商人や労働者がいる。そして何故か決まって貧民街があった。そこは孤児や体が不自由な者、生まれつき一人で生きるのが困難な者がいる。我はそれが理解できなかった。同じ人なのに何故彼らは放置されるのか。また一方で、一部の地域では孤児院なるものがあり、そういった者達を収容し、食べ物を与え、そこで生活させていた。だがそれもおかしい。彼らは可哀想だから保護すべきだという前提がある。
何故可哀想なのだ?我にしてみれば、王も貧民街の者も同じに見える。この地に住まうものは皆等しく朝が来て夜が来る。生まれたものは時期は違えど必ず死を迎える。姿も変わらなければ、頭もある。人が満足し幸せに暮らすためのものは皆等しく持っている。金や知識が人の幸せの基準とすることが理解できない。
人が見たり感じたりすることこそが、幸せだ。朝起きて朝日を感じた時、いい天気だ、少し暗いから曇りだろうか、雨が降っていたなら、その雨音が屋根を叩く音を聞けば心は感じるはずだ。幸せだと
仕事をしなければ生きていけないと思っている事もわからない。嫌なら辞めれば良い。金がないと生きていけないからと言われた時は、心底驚いた。なら森で暮らせばいいだろう。人が一人食べて行ける位の食料は簡単に手に入る。森にある果実を実らせる木々や草花は、それを貰う時に金を寄越せとは言わない
商人と一緒に旅をしている時、どこかの国の軍隊に出会った。先頭には立派な身なりの男性が数名馬に跨り、偉そうに歩いていく。その後を少し身なりの良い歩兵が続き、ただの棒切れを持った貧相な人々が後から続いていく。最後に明らかに奴隷と思われる者たちが、重そうな荷車を押していた
「あんまり見てると連れて行かれるぞ」
「なぜ?」
我がその行列をじっと見ていたせいか、商人が教えてくれた
「人足がたくさん欲しいからな」
我が彼を見ると
「たくさん人が死ぬから。偉そうな奴らは何もせず農民に戦わせる。奴らがいくら死んでも構わないのさ」
我は驚いた
「戦うには経験が必要だろう。何も知らないものを戦わせても意味がない。それに死んだら集める手間がかかる。それなら充分に訓練して死なぬようにした方が良いのではないか?」
商人は肩をすくめると
「さあな。奴らにとって農民は使い捨ての道具なんだよ。さあ出発するぞ」
人族の考えは理解できない。我は頭を振って魔王軍は決して人を死なせぬ軍隊にしようと心に誓った
放浪の旅も終わりにしようと思い、まずは国を起こす事にした。幸いこの地には深く大きい森がある。人族は何故か一定の場所に住み着こうとするのだが、恵は土地が与えるものだ。恵みを同じ場所からずっと得ればやがて枯渇し、無理矢理引き出せば歪みが生じる。当たり前の話だ。
我らは満ちたら土地を離れて移動する。その方法も愛が教えてくれた。まず国の中心である中を定める。森のある場所に大きな石があったので、そこに魔族の基本方針である「人族の真逆であれ!」と標した
次に住む場所を決めた。愛から鳥の示す方角へ走っていけと言われたので、我は全力疾走で鳥を追いかける。かなりの時であったが、日が落ちる前に辿り着いた。最初に住むべき地はここだ。さあ始めよう
その地の中心にかまどを作り火を起こす。その上に甕を置いて水を入れる。魔族が住まう地の中心は、常に火と水が絶えてはならない。もちろん日が登り沈むまで。日が沈めば休息するのが当たり前なのだから、必要ない
我は風に乗せて歌った
“我は魔王
人族の真逆を目指すもの
この声を聞きしものどもよ
我に賛同するなら約束の地に集へ
風よ
そのものたちを導け”
風は空や海を越えてその声を届けた。人族の地でそれを聞いたものは声に導かれ約束の地を目指しはじめた
最初にやって来たのは番いの山羊だった
「魔王様、私はこの国にいたいです」
「使命を忘れた訳ではなかろう」
「勿論です。ですが、彼らは命を捧げるに値しません。もううんざりです」
「そうか、何かあったのか?」
「農家で飼われている時は幸せでした。我らの命の尊厳は守られていたので、乳だけでなく時には命を捧げても良いと思っていました。ですが戦乱となり農民は迫害されました。訳のわからない輩が我らを拉致し、皆殺しにした挙句に食い散らかして去っていったのです」
我は黙って聞いていた。動物や魚、植物などは人に命を捧げる使命を持って生まれている。それは人の命に対して敬意を払っているからだ。だが人も彼らに対して同様に敬意を払えばの話だ
「それも一度や二度ではありません。ここ数世代に渡り、この地に生まれたものの全てが同じような被害に遭いました。我らももう限界です」
「人族にその話をしたのか…いや話が通じないのだったな」
山羊は黙って頷いた
「話が通じれば多少はマシだと思うのですが、殆ど通じることはありません。なぜ人族は話が出来ないのでしょう」
我も疑問だった。なぜ人族は声だけを使って言葉を話すのか。言葉は声を使わず風で話すものだ。声は笑いと歌を歌うために神の頃我が授けたのだが
「そうか。良いぞ。この国は人族の真逆の生活を送りたいものであれば誰でも良い。好きに暮らせ」
「ありがとうございます」
声を使うから人族以外と話ができない。他の生き物は風を使うから誰とでも話ができる
「昔は人族も風で話していたのだがな」
我もそれがいつ頃なのか思い出せない位の遥か昔のことだ
次に来たのは番いの牛だった
「お前たちも人族の国から来たのか?」
「はい魔王様」
「命の尊厳を踏みじられるからか」
牛達は頷いた。牛は体が大きく人族の労働を助けることも使命にある。それは家を建てる時に使われる木材や果実類の運搬、川辺から水を運ぶ瓶を乗せたり、時に人を乗せることだ。本来農耕は必要のない行為なので、畑を耕すことに使役される事は使命にない。人族が農耕で牛を使い潰せば命の尊厳を損なう事になる
「なぜ彼らは畑を作り耕すのでしょう。同じ場所で作物を作り続ければ、土地の力がやがて尽きて実りが無くなる事はわかるはずです」
「特定の地に定住し富を蓄えることが人族の願いだからだ」
我もそれは理解し難いことだった。稲作や農耕によって富を蓄えるという概念が定着すると、人族は一所に留まるようになった
「最近は肥料なるものを土に入れて収穫を増やすことを始めました。落ち葉はその地での落ち葉の使命があるにもかかわらず、違う土地に運ばれてしまい、生まれた土地に還ることができず戸惑っています。土地も人の行為に嘆いておられました」
「人族にその話をしたのか…いや駄目か」
「子供達の中で声が聞ける者もいるのですが、周囲から否定されるので直ぐに聞こえなくなります。嘆かわしいことです」
こちらも話が出来ないからか。どうしたものか
「この国で好きなように暮らせば良い」
牛達は明らかにホッとした様子で頷いた
それから鳥達がやってきた。何でも剥製にされるとか、綺麗な羽だけが目当てで殺されるとか、卵だけが採られるとかだ。特に鶏は憤慨している
「お前達には卵を捧げる使命があるだろう」
「そうですが、全ての卵ではありませんよ。挙句に卵を産めなくなったら皆食べられるのです。とても耐えられません」
確かにそうだ
「人族は命の尊厳を忘れているからな。同じ人同士でさえそうだ」
人は命の中でも特別だ。愛が作り出した至上の命だ。神だった頃の我は、この界でも喜びを表現しやすいように身体を与えた。他のものは神の眷属である龍を変化させ、人の役に立つことを使命として作り出したものだ。人は命の喜びを感じることが使命であり、その補佐をするのが他の命の使命だ。互いの命の尊厳に敬意を払うことは当たりまえだと、当時の我は考えていた
「だから魔王になって人族の真逆をやろうと思って、この国を興したのだ」
「神も苦労が絶えませんね」
我は人差し指を口の前に立て言った
「今は魔王だ。誰にも秘密にしてくれよ」
ある日、牛達が我の元にやってきた
「魔王様、人族が村の外れの森で倒れています」
「わかった」
我は案内してもらい、その場所へ行くと一人の老婆が倒れていた
「大丈夫か嫗」
老婆は少し身を起こして我を見た。目の焦点が合っていない。どうやら盲目のようだ
「目が見えんのか。なら風に聞くが良い」
老婆は戸惑っているようだったが、やがて風の囁きが聞こえると驚いたように我を見た
「貴方様は神なのですか」
「違う。魔王だ」
老婆はまた戸惑っていた。牛が我の話を始めると更に驚き腰を抜かさんばかりだったが、やがて納得した様子になった。我はその間に水と果物を採ってくると、老婆に渡した
「腹が減っているのだろう。食べて休め」
「ありがとうございます」
老婆は食べると安心したのか眠り始めた
「牛よ、悪いが運んでもらえぬか」
「ええ、勿論です」
我は老婆を牛に乗せると、そのまま村へと引き返した