✢✢単話完結オムニバス✢✢ 魔女のキスとみんなのための王国
少し残酷描写あり。ハッピーエンドです!
エヴァグリーン王城は劫火に焼き尽くされていた。
俺は塔の屋上に立ち必死で旗を振る。
「おおっ!カイン王子は生きてらっしゃるぞ───!」
いいや、死にたい。
しかし王子である俺は死ぬまでここで目立たないといけないらしい。
戦闘の中でまだ王族の血が残っていることを知らしめ味方を鼓舞し続ける。このエヴァグリーン国の存続を謳い戦局を変えるのが俺の本来の役割だ。
塔の周りに味方の騎士達が集まってくる。
「王子を守れ────!!」
いいや、俺が死んでも大丈夫なんだ。
まだ王女が残っている。
俺は最期にあの姉の顔が見たいと思った。
こんな事もあろうかと、先日、姉さんの目を眩ませて森の奥に置いてきて本当に良かった。
姉さんは強力な魔法使いだけど、王国に張った結界は攻撃で易々と破られてしまったのだから、彼女がもしここにいてもどうしようもなかっただろう。
もし、こんな戦場で姉さんの生死に万が一があれば、
そいつを殺すまで俺は死ねなくなってしまう。
ああ、でも早く死にたい。
王城の轟炎はあらゆるものを呑み込んで、もはや敵も味方も見えない。
それなのに、火を飛び越えて矢は執拗に俺を狙って来る。
バシュッッ
いつの間にか、塔の屋上に立つ俺を味方の屈強な騎士達が囲んで矢を撃ち払ってくれている。
彼らの行動から、もはや守るべき立場の者が俺しかいないのだと悟った。
俺は広場に立てられた2つの十字架の柱を見下ろした。
あそこには、無惨にも磔刑された父王陛下と叔父殿下がこれ見よがしに晒されているのだ。
「許すまじ········ディスィジュエス共和国·········マロウ家·······!」
これが強力な呪いであればいい。
しかし、俺には力も何もないのだ。
姉のように不思議な魔法も持っていない。
俺は祈った。
祈るしかなかった。
もはや俺は守られるだけの、でくのぼうだったから。
気づけば、赤く染まっていく朝焼けの東の空から風船のような丸い物体が一点飛んで来るのが見えた。
「飛行船········?」
よく見ると飛行船らしきものの側面には、紅い十字架のマークと、異国語で何か書いてある。
『悪しき力をふるう者!
神の前に立て!
神の裁きを受けよ!』
そしていつの間にか、城壁の外には紅い十字架の印の旗が林立してはためいているのが見える。
旗は城壁をぐるりと囲むほど数多になり、大勢の兵士達の行進の靴音と甲冑の擦れ合う音と怒号が響き渡る。
それは炎の轟音を掻き消す騒々しさだった。
「あれは、自由クリスマス教会の旗···········
新しい勢力か·······!?」
不意に、俺を狙って飛んできていたディスィジュエス共和国の矢が止んだ。
その代わりに襲ってきたのは、今度は飛行船から高く降って来る、幾万粒の光の礫の雨だった。
我が国では及ばない科学技術を駆使していると思わせる、目視出来ないほどのスピードと凄まじい威力だ。
俺の上に覆い被さり庇ってくれた騎士が死んでいく。
敵味方なく、人という人を見れば狙撃される光景は、さながら神の裁きを受け世界を破滅へと導く最終戦争のようだ。
次第に火の勢いは衰えていく。
俺の見開いた眼に映ったのは、
生き残った兵士達は皆、膝を地に折り背を曲げ平伏し、手を合わせて天に祈っているという滑稽な光景だった。
我が国エヴァグリーン国と敵国ディスィジュエス共和国の兵士どちらも等しく血に塗れた中で、信じてもいなかった異国の神に祈っている。
突然の第三者の圧倒的な攻撃は、あらゆる兵士の戦意を完全に喪失させていた。
火はまだ燻っているが、くゆる煙の向こう側の風景が薄っすら明らかになってきた。
城壁内は瓦礫が山と積み重なった廃墟になっていた。
つい昨日の日常から、幾歳過ぎたのかと錯覚を覚えさせる悪夢のような····現実だ。
紅い十字架の『自由クリスマス教会』の旗は、幾重にも連なって城外をぐるりと囲み、悠然とはためいている。
これは神が戦争を止めたようにも見える。
紅い十字架の印の旗は、
本当に神の使いなのだろうか。
だとすれば、血塗られた神もあったものだ。
飛行船はゆっくり城内の広場に降り立った。
いつの間にか、旭光が斜めにさしている。
城内広場には、自由クリスマス教会の神官と武官たち、敵国ディスィジュエス共和国のマロウ家の代表者達と
我がエヴァグリーン国の将軍と大臣達が整列している。
自由クリスマス教会の神官は、これからこの戦争の終結の仲介をすると恭しく告げた。
もちろん、戦況が不利であったエヴァグリーン国にとっては良い条件は提示されないだろうが、この戦は終わらせなければならない。
「王陛下も王弟殿下もお亡くなりになられたようですね。
で···················、王女アリス様はどこですかな?」
自由クリスマス教会の神官は探るような上目遣いで、俺の大事な人の名を告げた。
「··························!
彼女も亡くなった············!」
それを聞いて、蝋人形のように神官は表情を硬くする。
「さて、本当ですかな?
これから国内をつぶさに探し回っても?」
「何だと?」
俺は神官を睨みつけた。
こいつ等の目的は何だ?
まさか、王女の魔法の噂を聞きつけて···············?
「お言いなさい、·······························”魔女”、はどこですか」
ドクン、心臓が震える。
「我々はアリス王女様の不思議な魔力について聞き及んでおります。それが大変に禍々しい力だとも。
我々に王女様の身柄を預けていただければ、悪しき魔女の力を浄化し元の正しい王女様に戻すことも不可能ではありません。
何、これは慈善事業なので報酬はお気になさらず。
しかも、魔女の除霊と引き換えに、エヴァグリーン国にとって有利な和平合意を取り持つ用意が、我々にはあります」
神官は濁った目で作り笑いをした。
俺は全て合点がいった。
奴等こそが神の羊の皮を被った悪魔だったのだ。
漁夫の利を得ようと、戦争中のこの地へ遥々やって来て高い所から集中砲火を浴びせてきたかと思えば、
もしかして、奴等が二国に戦争が起こるように謀略したのではないかとさえ思えてくる。
やはり彼らこそ、正真正銘の真っ黒な悪魔。
それからの俺の行動は決まっていた。
俺は、持っていた刀で自らの心の臓を突いた。
「ぐうっ·········」
「カイン王子!!!···········く、くそっ!」
神官たちの悔しそうな怒号が耳に届く。
口からいっぱいの血を吐いた。
「王女の行先など、·········誰も知らない·········」
そう、俺以外は。
俺だけが姉さんの居場所を知っている。
できる事なら、このまま死んで魂になって姉の元へ駆け最期の別れをしたいと願う。
俺は王子に相応しくない。
始めから憐れで惨めでみっともないでくのぼうだった。
その事について、
この国のあらゆる国民たちに詫びないといけない。
「──────!」
俺は感情を高ぶらせ、声にならない雄叫びを上げた。
だが·······················································最期の声は出ず、俺は地面へ転がった。
「神官様!王子は木の人形になってしまいました!」
「な、何だと!?」
鎧をつけた兵士達が大勢駆けつける気配がする。
「王子だけではありません!
エヴァグリーン国の兵士の遺体全てです!
おまけに、磔にされていた王や王弟の遺体も、今見れば全て木でできた人形になっています!」
「なっ!?··················どういうことだ?」
「遺体はほとんど燃え尽きていて、もはや人物を特定できません!そもそも、みな木の消し炭で人間らしき形跡が無いのです!」
そんな奴等のやり取りが、まるで遠くの出来事のように聞こえてくる。
俺は不思議な心持ちになりながら目を瞑った。
「目が覚めた、カイン?」
俺は明るい日差しを感じて目を覚ます。
「ひどくうなされていたけれど、恐ろしい夢を見たのかしら?」
そこで目に飛び込んできたのは、
俺が切望した憧憬。
「──────姉さん·······」
再び姉さんに会えるなんて。
これは死後の世界の幻だろうか?
周りを見渡せば、ここは姉を森の奥に置いてきた小さな山小屋の部屋のベッドの上だった。
「カインは死んではダメよ。だって私の弟だもの!
私は私より幼い子が死んでしまうのは耐えられないの」
「俺は幼い子供じゃないよ?」
姉さんの愛らしい声が響き渡り、この幸福を俺は急いで頭の中で何度も何度も反芻する。
だけどそれだけでは、俺が生きてるか死んでるかの証明にはならない。
「私は9歳でカインは4歳だった。
あの遠い昔に、戦争でエヴァグリーン国は滅ぼされたわ。
そして、私は国民のみんなを模した木人形を作ったの。
その中にみんなの魂を入れてね。
それに、王子様を守るには、王様や兵隊さん国民が必要でしょ?」
「···········································木人形?」
俺は死ぬ瞬間に聞いた神官たちの会話を思い出す。
「魔法でみんなのためのみんなの王国を作ったのに、また滅ばされてしまったなんて、なんて悲しいの。
でも、カインがまた木人形に入ってくれて嬉しいわ。
ねえ、新しい身体はどう?」
姉さんは心配そうに俺の頬を撫でながら、純真な瞳で見つめてくる。
「姉さんは、本当に魔女?神の裁きは?」
俺は少し姉さんが怖くなった。
だけど、姉さんに禍々しさは一片も見つけられない。
「あら、くすくすくす·········、この世に神様なんていないのよ。
···········知らなかったの?」
姉さんは、大きくなった弟に「サンタクロースはいないのよ」と打ち明けるぐらい愉しそうに告げる。
神はいないのか。
そうか······だからこの世界はこんなにも不平等で残酷だ。
ただし悪魔はいるのを俺は最近思い知らされた。
そして、魔女もここにいるのだ。
「俺は、木のでくのぼうになってまだあの戦場に転がっているのかな··········」
国民が誰一人と残っていない王国で、木片たちは永遠に片付けられることは無いだろう。
「今度、ほうきを持って王城へ掃除に行きましょう。
またいっぱいに木人形を作って、私達の王国を作り直せばいいわ。今度はもっと強い結界を張りましょう」
本当に、そんなことが可能なんだろうか?
俺は不思議な夢を見ているのかもしれない。
だけど、例えそうだとしても、
ここに姉さんがこうしているのなら、全く醒める気にならないのだから始末に負えない。
「·············今度は俺は王様がいいな。
その、姉さんは、王妃でさ··········」
俺は勇気を振り絞って言ってみる。
いい加減、弟王子と姉王女なんてどうかと思ったんだ。
「まあ!··········でもそうね、それが良いわね」
姉さんはぱっと顔を赤らめる。
俺達はそっと寄り添って見つめ合った。
(やっぱりこれは夢なのかな··········)
凄く幸せな夢だ。
だけど、姉さんの瞳には
得も言われぬ淋しさが灯っているのはなぜだろう。
俺は姉さんにそっと口づけをして、
長い睫毛を閉じさせた。
「大丈夫よ、
私は月と太陽を取っ替えることもできるんだから·······」
そう呟いて、魔女は優しく微笑んだ。
すでに投稿済『王女アリスはツリーの下で前世の夢を見る』からの引用です。結末は違います。