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閑話 グレイの試着会

 それは、ある日のこと。


「そろそろ、グレイ様の服を増やさないとですねぇ……」


 リリアナはグレイのクローゼットを見て、そうため息を吐いた。


 本来、グレイの部屋にあるクローゼットは、十着以上服がかけられるほどの物だ。

 しかし、掃除のためにクローゼットを開けたそこには数着ほどかかっているだけで、ガランとして寂しいものだ。

 グレイからすれば自分のクローゼットを見られるのは少し落ち着かないが、これも専属メイドの仕事だ。


「アレク様にご予算を頂いても、買い替えられるかどうか……」


 リリアナの言葉にグレイは首を傾げる。


「えっ、これだけで良くない? あと数年は持つだろうし」

「えっ?」


 リリアナから驚いたような反応が帰ってきた。

 何か変なことを言ってしまっただろうか、とグレイは首を傾げる。



 グレイとリリアナには、服についての常識のズレがあった。



 貴族の服は毎年どころか、数ヶ月でも流行によってデザインが変化する。

 パーティーで皆が新しいデザインの服を着ている中、自分だけ流行遅れの服を着ていれば嘲笑の的になることは避けられない。


 表立ってバカにされなくても、『流行に無頓着』の烙印は押されてしまう。

 だからこそ、世の令嬢は流行に敏感で、新しいデザインの服が出る度に買い替えるのだ。


 リリアナは平民とはほとんど変わらないものの、あくまで貴族だ。


 服を質屋に入れたりすることで、毎回最新のドレスや服を買い揃えていた。

 リリアナにとっては、服は頻繁に買い替えるもの、というのが常識だった。


 しかし根っからの平民であるグレイにとっては違う。

 基本的に、お洒落のための服とは贅沢品だ。


 もちろん平民もお洒落はする。しかしそれは平民の中でも上流の者だけだ。

 よって、一般に普及するおしゃれな服は長期間デザインが変わらない。


 だから買い替える必要がないのだ。

 普通の平民にとってはお洒落な服とは高級な贅沢品であり、一度買ってしまえば完全に着れないようになるまで何年もそれを着続けるのが普通だった。


 特にグレイはその日暮らしの生活で高級な服を買う余裕もなく、お洒落自体にも無頓着だったため、今ある服をずっと着続ければよい、という考え方だった。


「あのー……リリアナ?」


 固まっているリリアナに、グレイが目の前で手を振る。

 すると「はっ……!」とリリアナは我に返った。


「まさかグレイ様……今までおしゃれしたことは……」

「んー……あんまりないかな。そんなにお金に余裕もなかったし」


 グレイは顎に手を当てると、上を見上げて答える。


「も、もったいない……っ!!」

「はい?」

「グレイ様がお洒落したら絶対可愛いのに!」

「え、あの……」


 スイッチが入ってしまったリリアナに、グレイはちょっと引きながら身を引く。


「こんなに美しいグレイ様が着飾らないなんて人類の損失です!」

「いや、それは流石に……」

「いいえ、そうに決まっています! 決めました! 私に任せてください!」


 リリアナは自分の胸をドン! と叩くと、力強く宣言した。

 使命に燃えた瞳とともに。


「なにを……?」

「私が、グレイ様を可愛くします!」

「はい……?」





 グレイの部屋の中には百着以上の服やドレス、そして装飾品が並べられていた。

 服やドレスを専門とする商人が持ってきたものだ。


「ああっ! 可愛すぎます……!!」


 リリアナが両手を組んで感激する。

 グレイはリリアナが選んだ服を着させられていた。

 すでに二時間ほど着せ替え人形にされているグレイは、ちょっとげっそりしていた。

 流石に休みたくなったので未だに熱心に服を選んでいるリリアナに声を掛ける。


「ねぇ、服はもうこれくらいで……」

「だめですよ。ちゃんと似合ってる服を選ばないと。せっかくアレク様から許可を頂いたのですから」


 グレイが購入する服の代金はアレク持ちのため、エルドリッチの予算を使うのには許可が必要になるのだ。

 アレクも建前上婚約者の服が流行遅れの服ではエルドリッチの沽券に関わるため、必要な分を買い揃えるようにリリアナへと命令した。

 グレイではなくリリアナに命令したのは、アレクの優れた采配と言えるだろう。


(私が着飾ったところで、誰も喜ばないと思うんだけど……)


 グレイは心のなかでひとりごちる。

 栄養が足りていなかったときの痩せぎすの状態からは脱したものの、遺伝のせいでかなりほっそりとしている。

 誰に見せるような身体でもないし、着飾ったところで誰も喜ばないと思うのだが……。


「こんなフリフリの服、私には似合わないんだけど……」


 すでに大人な服、涼し気な服、果ては遥か東にある国の意匠を取り入れた服など、ありとあらゆる服を合わせられた。


「もうちょっと落ち着いた服はない……?」

「では、これはどうでしょう」


 リリアナが選んだのは、綺麗系の服だった。

 以前、王都でのパーティーの際に着ていったドレスと同系統だ。

 薄絹のような素材で作られたその白い服は、繊細で少し触れれば壊れてしまいそうなグレイの儚さを引き立てていた。


「うーん、これなら……」

「じゃあ、着替えてきてください」


 選んだ服に着替えさせられた後、その姿を見たグレイは目を輝かせる。


「可愛いっ……! お似合いですグレイ様!」

「そうかな?」


 グレイは首を回して自分の姿を見下ろす。


「鏡をどうぞ」


 商人がグレイへ鏡を持ってくる。

 鏡に写っている自分の姿は、確かに悪くないように見えた。


「私もよくお似合いだと思います」


 さっきまでは全力で営業トークを繰り広げていた商人も、今は率直な感想を述べているように見えた。

 結局、グレイが選んだ服は購入することになった。


「では、ここらへんで試着は終わりにしましょうか

「やっと終わった……」


 延々と続く試着会が終わったことに、グレイは安堵のため息を吐いた。


「後はこれと、あれとそれを……」


 リリアナは先程グレイが試着した服を次々と指さしていく。

 結局、グレイは十数着の服を購入することになった。

 金貨が百枚ほど消えていった光景を見て、グレイは流石に冷や汗をかいたのだった。


 商人が去った後、選んだ服をそのまま着ていたグレイは椅子に座り、ふぅと息を吐いた。

 するとリリアナが目の前にメイク道具をドン! と置いた。

 グレイはリリアナに恐る恐る尋ねる。


「リリアナ……?」

「せっかくですから、綺麗にしないとですね?」


 駄目だ、完全に目が据わっている。

 リリアナは怖い笑みを浮かべてグレイへと迫った。



 その後、やけに美しくなったグレイを見たアレクが驚くのは別の話である。

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