第3話 ジュリア
「新しい仲間を増やそうと思うんだ。どう思う? メアリ」
メアリは頷くことはせず、視線をそらしました。
「やっぱり嫌だか……」
ルークはなんとなく、メアリが人見知りなのを察しつつあったので、予想どおりでした。
「今の所持金だと、メテアまで持たない。ここは大きな村だから、今のうちに稼いでいこうかなって。
戦闘関連の依頼は、報酬が良い。今、前線職の俺と支援魔法職のメアリがいるけど、攻撃魔法職がいないから」
「それに、新しい仲間ができるのは、悪い事じゃないと思うんだ」
メアリは考え込んだ後、頷きました。
村の仕事募集の掲示板の隣、パーティー募集掲示板があります。
「パーティー側が求人を張り出す形で、募集するのか」
ルークとメアリは受付に行き、紙をもらいました。
”攻撃魔法職急募! アットホームなパーティーです。新しいものを見たくないですか? 報酬は出ませんが、素晴らしい冒険体験ができます。”
「これでよしっ」
「ルーク、これで提出するの? あの……だ、大丈夫かな……?」
「なんとかなるだろう。新しい仲間を見つけるのが楽しみだ」
ルークは自信満々です。
それに押されて、メアリは何も言えなくなってしまいました。
二人は受付のお姉さんに、紙を出しました。
「今日は仕事をやめにして、里山の鹿でも狩りに行こう。食費も浮くし。メアリ、手伝ってくれ」
二人は、鹿を狩り、シチューにして食べました。
それから、三日ほどのことです。
受付のお姉さんから、応募があったと聞き、待ち合わせをしました。
身長がメアリより高く、ルークより低いポニーテールの若い女性です。
歳はルークと同じくらいでしょうか。
「あんたたちが、応募してたパーティー?」
「そうだ。応募者の方?」
「そうよ」
「募集用紙に書かれた通りだから、報酬は出ない。あと、食事は当分鹿肉だが、理解してくれ」
「あんたら、里山の鹿を食ってんの?」
「別にいいだろ。おいしいぞ、鹿。食費も浮く」
「ヤバいパーティーだと思ってはいたけど、本当にヤバいパーティーなのね。金欠?」
「いいや、そうでもない」
と言って、ルークはメアリに同意を求めます。
しかし、メアリは、彼女に苦手意識を持ちすぎて、うんともすんとも言いませんでした。
「俺たち、メテアを目指していて、その関係で貯金しているんだ」
「都会に憧れでも?」
「いいや、ただ、珍しいものを見に」
「いいわ。私も実務経験が欲しいだけだし。ヤバいパーティーでも、実績は実績よね」
「実績なんかなくても、他のパーティーに入れると思うけど」
「それは死亡率の高い前線職と、希少価値の高い支援魔法職だけよ。攻撃魔法職は、案外、余っている」
「ともあれ、入ってくれるなら、ありがたい。よろしく。俺はルークだ」
「よろしく。私はジュリアよ」
二人は握手しました。
「彼女はメアリだ」
「よろしく」
しかし、メアリはルークの後ろに隠れて、何も言いません。
挨拶どころか会釈すらしませんでした。
メアリはそのような対応に、ムスッと顔をしかめました。
それがまた、メアリを委縮させました。
ルークは、メアリに問いかけます。
「ジュリアに仲間になってもらおうと思うんだけど、どう? せっかく、一番乗りで来てくれたし」
「うん……いいよ……」
メアリは小さく答えました。
ジュリアを一度も見ずに!
ジュリアは、その姿に苛立ちを覚えました。
それから三人は、仕事の掲示板を探しました。
「これなんかどう?」
ジュリアはルークに言います。
ダンジョン攻略の仕事です。
成功報酬で、最下層の黄色いゴーレムの死体を持ち帰った者に、銀貨三百枚とありました。
「いいね。メアリはどう思う?」
突然、話を振られたメアリはびっくりしましたが、やがて小刻みに首を動かしました。
相変わらず、ルークの方だけを見ながら。
そのダンジョンは村の里山の向こう側、谷になっている場所にありました。
無秩序な自然に、突如として人工的な岩でできた入り口が現れます。
その先は真っ暗で、地下に降りていくようでした。
ジュリアはランタンをつけます。
蜘蛛の巣が張り、壁には窪みがあり、古代の神様でしょうか、何かの像がおかれていました。
それから、地下二階に降りると明かりのある広い廊下がありました。
そして、敵がいます。
二メートルくらいの大きな蜘蛛が一体。
五匹くらいの小さなゴブリン。
ルークは蜘蛛の腕を剣で切りました。
蜘蛛は驚いたように、じたばたと足を動かし、胴体をのけぞります。
そして、蜘蛛の糸を吹きかけました。
彼は、それを避けると、蜘蛛の口に剣を一撃。
暴れる蜘蛛の上に乗り、もう一度突き刺しました。
そうして、蜘蛛は動かなくなりました。
蜘蛛の死を見計らったように、ゴブリンたちが突撃を始めます。
まるで、獲物を横取りされないように待っていたかのようでした。
「電気魔法!」
ジュリアは宣言すると、前方の四方八方に電撃が走り、ゴブリンたちを焼き切っていきました。
これが攻撃魔法職の強みです。
前線職とは違い、広範囲高火力に攻撃することができるのです。
買っておいた携帯食料を食べながら話し合います。
「順調だ。もう最下層なんて」
「ええ。案外ちょろいもんだったわ」
ジュリアは、縮こまって座っているメアリの方を見ました。
「バフかけるんだったら、ちゃんと言ってよね。どういうタイミングでかけるとか、決めてるの?」
メアリは何も言いません。
ルークは間に割り込みました。
「メアリは人見知りで。でも、いろいろ考えてくれているんだよ」
「私、ルークじゃなくて、あんたに聞いているんだけど。聞いてる?」
「あのさ、挨拶もしてくれなかったけど、私のこと嫌いなの?」
冷たい冷たい沈黙が、覆います。
「ねえ、何か言ったら?」
「メアリ、困っているみたいだから……」
「うるさい」
ジュリアの中で、段々とマグマが上がってゆきます。
「そうやって、いっつもそいつの後ろに隠れていればいいんだわ! オドオドして、引っ付き虫みたいで気持ち悪い!」
言い終わると、携帯食料を口に放り込んで、立ち上がりました。
「おい。それは違うだろ! メアリに、謝れよ! というか、どこ行くんだ?!」
「私だけで、ダンジョンを攻略するわ。この感じ、楽勝でしょ」
「無謀だ! ちょっと、待ってくれ! どうしてそんなに短気なんだ?!」
ルークはジュリアを追いかけようとします。
しかし、左脚に何かが引っ掛かりました。
なんだろうと思ってみてみると、メアリです。
メアリがぐっと、左脚を掴んでいます。
「行かないで……」
すすり泣きで、そう言います。
「いや、でも、追いかけるしかないだろ」
「私とあの子、どっちが大事なの?」
「そういう問題じゃない」
「一人は嫌。寂しい……」
メアリはそう言ったっきり、項垂れてしまいました。
ルークはついに根負けし、メアリの横に座りました。
それから十分ほど。お互いに黙って、二人は座っていました。
「落ち着いた?」
「うん」
ルークが聞くと、メアリは頷きました。
ちょうどその頃、大きな音がダンジョンに響きました。
何か大きなものが落ちた音。
それでいて、岩を破壊する音。
そういった複数の音が、低い音として響いたのです。
「ちょっと、様子を見てみるか」
ルークは立ち上がり、慎重に音の発生源に近づきました。
すると部屋の中で、ジュリアが、
四メートルくらいの黄色いゴーレムと戦っているではありませんか。
ジュリアは電気魔法を使いますが、あまり効いている感じはしません。
擦り傷があり、服の一部は破れています。
尻餅をついて倒れていた事からも、劣勢なのは明白でした。
メアリは止めます。
ルークはメアリを見ますが、おおよそ自分の気持ちは決まっていました。
「メアリのこと大事だけど、仲間を見捨てる程、薄情じゃない」
ルークは、ゴーレムへと突っ込んでいきました。
しかし、岩に覆われたゴーレムに剣をぶつけても、弾き返されるだけでした。
ゴーレムは、パンチで、彼を吹き飛ばしました。
壁に衝突したルークは動けなくなってしまいました。
「メアリィイイイイイイイイイイイ! バフゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
ルークは自分で戦い始めたのに、情けない気持ちになりました。
が、プライド捨てて、叫びます。
メアリは、ジュリアと視線が合いました。
あれだけ勝気だった眼は、虚ろに懇願するようになり、
威勢のいい口は、パクパクと呼吸だけを求め、
表情には怯えしかありあせんでした。
黙っている私を罵る女。
私とルークの間に割って入る女。
邪魔な女。
私の居場所を奪う女。
この女さえいなければ、私とルークの二人だけの冒険が続けられる。
メアリの中に、そういうどす黒い気持ちが大きくなってゆきました。
突如として、ジュリアの周りに光が現れました。
ゴーレムの殴打をはじき返します。
瞬間防御バフです。
メアリは、まだ素晴らしい良心を持っていたのです!
その後、ルークに回復魔法を施しました。
ルークは煙幕を投げつけると、ジュリアを抱きかかえ、その部屋から逃げ出しました。
ルークは、気を失い吐息を吐くジュリアをおんぶしながら、ダンジョンの外に出ました。
「ダンジョン、攻略できなかったね……」
メアリは、少々申し訳なさそうに言いました。
「いいんだ。また挑戦すれば。みんな、生きていてよかった」
「メアリ、バフしてくれて、ありがとう。いつも助けられている」
「うん……ルーク……」
メアリは恥ずかしそうに、そっぽを向きました。
しかし、メアリの中には、ジュリアに関して不安感がありました……。