第2話 初めてのお仕事!
「大丈夫か?」
舗装されていない小道を、ルークとメアリは歩いていました。
彼は遅れ気味のメアリに話しかけました。
メアリは頷きます。
出発して四日。潤沢な銀貨のおかげで、宿には困りませんでした。
遂にルークの領地を出て、公共馬車を乗り継ぎ、ここまでやってきたのでした。
「早く、馬車開通してほしいよなあ。歩くのは面倒だ」
「うん……」
そうしてしばしの沈黙がありました。
「冒険の過程で、メアリの両親とも会えるといいなあ」
ルークが耐えかねて言うと、しばらくまた沈黙がありました。
「私は、孤児だから……」
メアリの震える声を聞いて、ルークが謝ろうと振り返ったその時でした。
突然、ドシンと大きな揺れが一つ。
二人はバランスを保つよう、止まりました。
思わず、顔を見合わせます。
メアリは不安げな顔になりました。
もう一度。ドシン。規則的に大きくなってゆきます。
木々が揺れ、掻き分けられ、そいつが姿を現しました。
高さは、十二メートルほど。
下半身は太った馬のようなの四本足ですが、上半身はキリンのように長い首を持ち、
首の根元には、退行進化したのでしょうか、小さな腕がついています。
ルークとメアリに目もくれず、小道をゆっくりと横断していきました。
「うわぁ。すごい。本物だ」
余りに大きさに、二人は棒立ちで眺めていました。
その大きさに、神聖さすら感じ、感動が身体を伝いました。
「よしっ。狩ろうぜ。今夜の飯にしよう」
と言って、ルークは矢を背中から取り出しました。
メアリは大慌てで、ルークの左腕を引っ張ます。
彼が矢を下すと、必死で頷きました。
メアリはホッと一息つくのでした。
「あれを狩るのは、今の俺たちじゃあ無理か」
馬車乗ると、一安心です。
メアリが人差し指で、ルークを突きます。
「これから、どうするの……?」
「第二の都市メテアを目指そうと思う。異国との交易で、物珍しいものが沢山あるらしい。面白そうだろ?」
「それから?」
「それからかあ……」
ルークは答えに窮しました。
その姿を見て、メアリは、聞かなかった方が良かったかも、と思いました。
「魔王でも倒すか。最近、封印が解かれたみたいだね。千年ぶりだから、もう歴史の話だけど」
「魔王と、戦うの……?」
メアリは、怖くなりました。
「まあ、これから決めればいいんじゃない。時間あるし」
と、ここで先頭からおじいさんが顔を出し、乗客に言います。
「ゴブリンの群れが来た。騒ぐなよ」
ゴブリン。新しく見る生き物です。
図鑑で存在は知っていましたが、本物を見るのは初めてでした。
ルークは興奮気味に、メアリを見ました。
「怖い……」
メアリは彼の左腕を、ぎゅっと握りました。
メアリは、彼と対照的に怯えていました。
「大丈夫だ。俺がついて……」
「ギャアーーー!」
突如として、ゴブリンが馬車に入り込んできました。
「うぉおおお!!」
これには、ルークも体を大きく震わせ、ビビり散らしました。
メアリはもう、顔面蒼白で、うんともすんとも言いません。
手持ちの短剣を使い、そのゴブリンを殺すと、
ルークは剣を持って外に出ました。
「こんなにいるのか、ゴブリン」
護衛の戦士たちに加勢し、ルークはゴブリンを殺していきます。
しかし、想像以上に、すばしっこいのです。
「メアリ、バフをくれないか!?」
ルークは馬車に向かって言いました。
その頃、メアリは現実逃避するよう、馬車の天井を見ていました。
「メアリィイイイイイイイイイイイ! 助けてくれえええええええええええ!!」
メアリはハッと現実に戻り、彼が死んでしまうのが怖くなり、馬車から出てきました。
「大いなる女神の下に、汝に以下、加護あらんことを」
スピードのバフを受け取った彼は、その速度を存分に生かし、バッタバッタとゴブリンを切り殺していきました。
「いやあ。乗客に戦わせてしまって、申し訳ないね。あんな数のゴブリン、今まで見たことない。魔王の影響かな」
運転手は、銀貨二十枚をルークに渡しました。
メアリは恐怖が抜けきっていないのか、
ルークを見かけると、大急ぎで駆け寄ってきました。
「銀貨をもらったんだ。一緒においしいものでも食べよう」
「うん」
メアリは、こくりと頷きました。
二人は、村の露店にやってきました。
「何か食べたいものあった?」
「うーん……」
メアリは曖昧に笑うだけでした。
「あれ、美味じゃない? どうよ」
ルークが言うと、メアリは頷きました。
嫌がっていたわけではないものの、少々誘導尋問にさえ見えました。
そのくらい、メアリは自己主張をしなかったのです。
この村近くにある大きな泉には、ズューンという珍しい魚が取れます。
店で売っていたのは、ズューン一尾丸々、塩焼きにしたものでした。
「いいね。あれにしようか」
「銅貨かい? 銀貨かい? 銀貨なら、二尾、一枚でいいよ」
「銀貨で」
「まいどあり」
メアリとルークはテーブルベンチに座り、ズューンを食べ始めました。
その魚は、ほんのりと酸っぱいのです。
そして、それに塩辛さがついていました。
「美味しい……」
メアリは左へ右へと、ズューンを物珍しそうに眺めました。
「美味しいな、これ」
そのまま、露店をめぐり、二人は村の宿に泊まりました。
翌日。
仕事掲示板を覗いてみると、収穫した小麦の加工作業を募集していました。
そういうわけで、ルークとメアリは農家のおばあちゃんの家を訪ねます。
ルークは、運んできた小麦の袋を、置きました。
「ありがとね。ここに置いといて」
「あの、こんな仕事でいいんですか? 袋をひたすら運んでいるだけですが」
「いいんだよ。この時期は村中、人手不足だし。単純作業であるのと、その作業に価値がないのは、別問題なのさ」
メアリは機械と向き合って、小麦の脱穀作業をしています。
真剣そのものです。
何の迷いもないのか、自信満々に操作していました。
横で同じ作業をしているおばあちゃんは、メアリの方を満足げに見ました。
「優秀。優秀。メアリちゃん。養子に来て欲しいくらいだよ。飲み込みが早いね」
楽しそうだなあ、とルークは思いました。
「あの、俺も脱穀したいんですが」
「脱穀は人員足りているから、運搬を頼むよ」
「はい……」
「メアリ。そろそろ、バフが切れそうなんだ。パワー系のバフを頼む」
メアリは微動だにせず、黙々と作業を続けます。
「メアリちゃん、ボーイフレンドが呼んでいるよ」
「はい! え?」
ルークは否定せず、それよりも早く切り上げようとした。
「パワー系のバフをお願い」
「うん……大いなる女神の下に、汝に以下、加護あらんことを」
「ありがとう。メアリ」
ルークは、また運搬の仕事へ戻りました。
「メアリちゃん。ぼうっとしてないで、作業お願い」
その言葉は、メアリを現実へと引き戻しました。
小麦農家の手伝いを終え、二人は宿へと帰ることにしました。
報酬は銀貨六枚、夕日がきれいです。
「養子の話どうなの?」
ルークはメアリに、何気なく尋ねました。
なぜそんなことを尋ねたか。
”だったら、お前じゃなくとも良い”
次兄のフランクの言葉が、まだ残っていたからでした。
もちろん、おばあさんが、冗談だったかもしれないということは、ルークも承知のことです。
「私、今の日々が好きだから。ルークと一緒にいたい。他意はなくそう思う。深い意味はないよ……」
メアリは、怖くなって、予防線を張りました。
それが、そういう意味で伝わってしまったら、嫌われると思ったのです。
根拠はありませんでした。
「そんなすぐに決めなくていいか。俺も今の日々が好きだよ」
嫌われることはありませんでした。
メアリは安心しました。
「俺のこと、ルークって呼んでくれたね。あんまり、名前で呼んでくれなかったから」
「名前を呼ばれるの好きなの?」
「いや、好きだろ。誰だって。自分の名前だし」
「そっか……。これからは呼ぶね」
メアリは、上を向いて、微笑みました。
ルークは夕日ともらった銀貨六枚を見ながら、独り言を言いました。
「でも、これからのことを考えると、もう少し稼ぎのいい仕事がしたいな。戦闘とか。そうなるともう一人仲間がほしいなあ……」