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第1話 メアリ

 諸侯連邦の北国。春の雪解け水に囲まれた、大きな城の中。


「ここはこうでございます。お坊ちゃま」

「もう、古文はいいよ。何が面白いのさ」

「教養でございます」

「うへー」


 この領主の末っ子、ルークは家庭教師の授業にうんざりしていました。


「それより、ミックからも、冒険に行く許可を頼んでみてよ」

 ミックとは家庭教師の名前です。

「前も一緒に、御父上に頼んで、断られたじゃありませんか」

「全く、父さんは過保護だよ。一度も、領地の外に出してくれないんだから」

「末っ子ですから、やはりかわいいんですよ」

「ああ、行きたいなあ……冒険……行きたいなあ……」


「そういえば、また外の話を聞かせてよ」

 ルークは家庭教師のミックがする『領地の外の世界のお話』が大好きでした。

「……話を聞いたら、問題を解いてくださいますか?」

「するする。解く解く」

「南のほうには、動く谷という地域がございまして」

「動く谷?! どういうこと?!」

「それはですね……」


 こうして、勉強そっちのけで、ルークは外の世界の話に聞き入りました。


 家庭教師が去っていった頃、ルークは待ってましたと城から飛び出していきました。

「お坊ちゃま!」


 呼び止めるメイドを無視し、衛兵に手を降ります。

 村のほうまで行くと、やや太った中年女性が素早い手つきで牛の乳を搾り、十二くらいの少年と渋い顔をした白髪交じりのおじいさんが農作業を行っていました。

 彼はそこで一息つき、村の向こう側。城とは反対側の山を上ります。


 見晴らしのいい丘に着きました。ルークの秘密基地です。


 そこには見慣れない人物がおり、ルークを驚かせました。


 その少女は随分と小柄でした。

 綺麗な髪質のノータッチロングヘアで、前髪が目を隠しています。

 そこから覗かせるクリっと大きい目。

 しかし、それに全く釣り合わないみすぼらしい服一枚を着ていました。


「おう」

 考えた末、ルークはまるで旧知の仲みたく、手を挙げて、挨拶しました。


 が、その少女は驚きで固まり、黙るだけ。

 数秒……。彼女はおずおずと立ち上がり、フラフラとした足取りで、去って行ってしまいます。


 ルークは、その足取りに不安を感じて、思わず呼び止めました。

「ここら辺に、野イチゴがあるんだ。君も一緒に食べない?」


 また少しの間をおいて、その少女はうなづいた。


「俺はルーク。歳は十五。あっちの城に住んでいる。君は?」

「メアリ……。十五歳」

「俺と同じだ!」

 ルークは共通点が見つかって、興奮気味に語ります。

 だが、メアリは驚き、一歩後退りしてしまいました。


「ああ、ごめんね。驚かせた」

 彼は居心地の悪さを感じて、山を歩きだした。


 五分ほど歩くと、野いちごが実った木々があります。

 メアリはその野イチゴを、感激し、何かを忘れたように、眺めていました。

 そして、興味深そうに、微笑みます。

 それを見て、ルークは良いことをした気分になりました。


「春と初夏に咲くんだ。昔は一時期しか咲かなかったんだけど、品種改良のおかげで」

 と、博士を気取って、ルークは雄弁に語ります。

「取ってきてあげるよ」

 ルークは言うが早いか、ぴょんぴょんと木の枝に上ると、三メートルくらいある場所にある野イチゴをひょいと取ってきました。

 この世界の野いちごは、随分と高い場所に実ります。

 大きさは、桃と同じくらい。デカい。


 降りてきたルークはメアリにいちごを渡して、草原に腰掛けました。

 メアリが「いいの」と視線で聞いてきたもので、ルークはうんうんと頷きます。

 それをじっと眺めていたのち、意を決したように、小さく一口。

 そして、頬を緩ませて、笑いました。


 ルークとメアリは、野いちごを少しずつ食べ、入道雲の数を数えた。


 それから、ルークはメアリを自分の城に招待することにしました。


「あら。坊ちゃん、その子は」

「メアリ。丘で知り合ったんだ」

 と言って、村人に紹介する。メアリは、彼の後ろに隠れてしまいます。


「知らない子だねえ。うちの村の子じゃないわい。どこの村の子だろう」

 おばあちゃんは、さも不思議そうに呟きました。

 メアリは、少し悲しそうな顔になりました。




「お坊ちゃま! どこ行ってらっしゃったんですか! 勝手に城から出ないで下さい!」

 城に帰ると、メイドがカンカンに怒っています。

「どちら様ですか! その子は!」


 そのままのテンションで怒鳴るものだから、メアリはもう怯えに怯え切って、彼の後ろに逃げ込むのです。


「あそこの丘にいたんだ。親もいないみたいで、一緒に遊んで」

「戻してきなさい!」

「野良犬じゃないぞ!」

 メイドの売り言葉に、ルークの買い言葉。

 戦場の横で、哀れなメアリは縮こまっていました。


「で、衣服などを用意したいと」

「そうです! いやあ、話が早くて助かります! 流石、うちのメイド!」

「『俺は出ていく!』って言ったのは、どこのどいつでしたっけ? お坊ちゃま」

「うっ……。ともあれ、一件落着だ。良かった、メアリ」

 彼は思い出したようにメアリを見る。


 メアリは、ただでさえ白い肌を更に白くさせ、燃えカスのごとく目をつぶっていました。

「メアリ?! 嘘だろ! メアリ?! メアリィイイイイイイイイイイイ」

 人と関わるのが苦手なメアリは、適当なボンボンと口達者なメイドとのけんかに耐え切れず、冬眠していたのです。




 メアリが、メイドたちに囲まれ、髪をとかされ、純白なそれはもう恥ずかしくなるくらいのフリフリを着させられている間、

 ルークは父『テール卿』から呼び出され、ガミガミと怒られていました。


 やっと解放された頃、ルークはメアリを見かけました。

 見違える姿です。

 着飾ってみると、彼女が急に大人っぽく見えて、自分と同い年なのだとルークは確信しました。

 みすぼらしい服を着ていた時は、子供に見えました。

 前髪も切られてしまい、隠れる場所を探すよう、きょろきょろするばかりです。


「いや、似合っていると思う。着替えて良かった」

 ルークはそんな彼女を安心させたくて言ったのですが、逆効果でもっと落ち着きがなくなってしまいました。


 ルークとメアリ、そして複数人のメイドで夕食をしました。

「俺さ、冒険に行こうかと思っているんだよ」

「お坊ちゃま。まだその話をしてらっしゃったんですか」

「冒険……」

 メアリはそれに答えず、不思議そうに繰り返すだけでした。


「この後どうしようとか、何かある?」

 ルークは聞いてはいけないことを、聞いている気分になりました。

「あんまり……」

「ごめん。変なこと聞いちゃって」


「この子はどういう状態なんでしょう。親とはぐれた感じではなさそうですし。そこの村の子でもないのでしょう?」

 メイドが、首をかしげました。


「行く場所が無いなら、メアリも一緒にもどう? 冒険」

「ちょっと、お坊ちゃま!」

「俺は新しいものを見ようと思っているんだ。メアリが嬉しいものも、きっと世界にあるはずだ」

 だが、メアリは何も反応せずに、俯いているだけでした。

 それで、断られたのだと、察しました。

 メイドは、それ見ろと、ルークに白け顔を送りました。


「冒険……行きたい……」


 それは小さいのに、よく透き通る声でした。


「私、もっと楽しいことを知りたい!」


 メアリはバッと顔を上げました。


 その後話を聞いてみると、どうやら、メアリは支援魔法職の家系らしく、回復魔法や付与魔法が使えること。




「冒険に行きたいです」

「ならん。何度言っても、ならん」

「何度だって言いましょう」

「もう、行かしてやってもいいんじゃないですか。若さって、こういうことですよ。お父様もそうだったじゃないですか」

 見かねた長兄のボリスが言いました。


「ぬぅううううう」

 父『テール卿』は苦し紛れに、野生動物の鳴き声みたいな声を出しました。

 それから何度も、のたうち回るように、テーブルの上で上半身を転がしました。

 そして、ピタリと止まりました。

「行っても良い。帰ってこいよ」

 ルークの冒険の許可が下りました。


「でも、連れの女性がいるんでしょう」

 次兄のフランクが尋ねます。

「はい。メアリと一緒に行こうかと。どうやら支援魔法職らしく」

「お前の事だから、強引に誘ったんだろう。迷惑なんじゃないのか」

「それは……。他に行く場所がないって……」

「だったら、お前じゃなくとも良い」

 フランクは突き放した口調で言い続けます。

「第一、兄さんが皇帝官吏になる重要な時期だというのに、お前は……。もう十五になるんだから、冒険なんて幼稚なことを言わずに、勉強したらどうだ」


 ルークは視線を泳がせた後、フランクのほうを見ました。

「俺は新しいものを見たくて、冒険に行きます。彼女も、新しいものを見たいと。ほら、自分探しと言いますか」


 フランクは、それを聞き終わると、今までの態度は何だったのか。

 興味なさげに、言いました。

「お前はそういう奴だったよな。俺が期待したのが馬鹿だった」




 銀貨百枚ほどと、衣服や、武具、支援魔法職用の杖、リュックサックなどを渡されました。

 メイドや父『テール卿』、兄弟に見送られます。


 こうして、ルークとメアリの冒険が始まりました。


「彼女、一体何者なのでしょう」

 ルークとメアリを見送ったメイドが呟きました。

「両親は?」

「答えてくれませんでした」

「そんな奴とともに行かせたのか」

 フランクは呆れた声を出しました。

「だって、お坊ちゃま、一度言い始めたら、絶対に聞かないじゃありませんか」

「そりゃあ、そうか」



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