祠
怖い話、ねえ。奇妙な体験でもいい? いやそんなほいほい体験するもんじゃないでしょたぶん。知りませんけど。
ああ、まあ不思議といえば不思議なことはありましたね。ありましたというかあるというか。不思議な場所というか。
私は家の手伝いでよく山に入るんですよ。林業、というほど立派なものではないですが、実家が持ってる山の整備をするんですね。下草を刈ったり、倒木をどけたり、そういうことを。いちおう商売ものの木を植えてる針葉樹林なので、丁寧とはいかないまでもまあ見苦しくない程度に整えるわけです。
家が持ってる山はそう広くはないのですが、なにせ街から離れていますからね。観光地とか滝があるとかいうわけでもないからこのへんの人以外はここらの山には入りません。このへんの人といっても見ての通り私の家族くらいしか住んでないわけですが。
ああ、脱線しましたね。すいません。家族以外と喋るのはなかなか久しぶりだったもので。
奇妙な体験でしたね。
それで、さっき言った不思議な場所が出てくるんですよ。
それは私たちの持ってる山の端っこに近いところにある場所です。山が連なっているとこのちょうど真ん中です。
そこにね、祠があるんです。
山の上にある大きな岩の、さらにその上に小さな鳥居と祠があるんですよ。誰が建てたんでしょうね。少なくとも私の家族は知りません。聞いてみたことはありますが知らないと言われました。
その祠は、そんな場所にあって誰かの手が入っている様子もないのに、周囲に信じられないくらい花が咲いているんです。狂い咲きってああいうのを言うんだろうって、ごくたまにその祠を見るたびに思います。
祠の立つ岩を取り囲むように、野山の花から誰かが捨てていった種から咲いたのかそういう庭の花からとにかく咲き乱れています。
しかもね、季節を問わないんですよ。
さすがに冬の時期には見かけませんが、秋もかなり深くなるまで咲いているし、春先にはたぶん一番に咲いてるんじゃないかな。確認したことはないですけどね。大きな真っ青の朝顔なんかが、春のやわらかい日差しの中で堂々と咲いているのを見るともうそれだけで気持ち悪くなってきますよ。
その祠のある岩まで登ったことはなくて、私はせいぜいその祠を見上げる場所の下草を刈るくらいまでしか近寄ったことはないです。用もないですしね。この山の神様かもしれないのに信仰心が薄いのかもしれませんね。
でも一度だけ、ぞわっとしたことはありますね。
その祠を見上げるくらいの場所の下草を刈っていたときです。ふと音が聞こえたきがして上を見たら、祠の周りの咲き乱れている花が揺れているんですよね。
それはちょうど大人ひとりが花のある茂みを隠れながら移動していたらそういう動きをするかなという揺れ方で、しかもそこから妙に甲高い笑い声が漏れ聞こえていることに私は気づいてしまいました。
え? 逃げましたよ。怖いじゃないですか。人であってもなくても。
だってその祠にいく道なんてないんですから。