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深夜三時、鼻に悦が走る

作者: 一色 良薬

 コンビニで買ったカフェラテを手にし、敷地内あるコインランドリーの外壁を背もたれにして地べたに座る。

 もう片方の手はスマホを握っているため、器用に口ですいすいと逃げるストローを捕らえた。残暑が続くこもった熱を溶かす、澄んだカフェインが喉を冷やしていく。

 コンビニ店内の灯りに負けず、スマホ画面が煌々と輝いている。芸能人の誰それが不倫した、機能しない政府への批判、なんでも○○ハラと呼びたがる世間の風潮。雑音じみたトピックスを流し読みながら、ちらちらとランドリーの入口を確認する。

 時刻は二時五十八分。そろそろ“お目当て”がやってくる。

 たむろっている素行不良な若者を演じつつ、今か今かと待ち焦がれる。

 けだるく砂利を踏みしめる、健康サンダルの音が徐々に近づくのが聞こえた。もちろん顔を上げず、素知らぬ顔でスマホに映し出されたニュースをぼんやりと眺める。

 からからと引き戸を開けて入室したのを確かめ、不自然に思われない程度に腰をかがめ、外壁から飛び出した排気口の下にまた腰を下ろした。

 外からでも分かる、ランドリーの稼働音が響く。同時に熱風が頭上から襲い掛かるが、気にもせずに鼻から顎下まで一気にマスクを外した。

 排気口から漂う、強すぎるほどの石鹸の匂い。脳を震わせるほどの悦の香りが染み込んでいく。

(あの人が身に着けたものが、汚れが、全部石鹸に混じって体内を巡って……)

 荒くなる息を抑え、瞼を閉じて浸る。香りを持ち帰ることはできない。せめてここで妄と悦に身を委ねて、残った熱を自宅で発散させられるくらいに刻まなくては。

(もっと、もっと、知りたい。あの人の首筋や脇の匂いを嗅げたらどんなに……)

 コインランドリーを通りすがろうとしたあの日。

 私はこの匂いに足を止め、辿った先にいた名の知らぬ男に恋をした。

 男が好きなのか。それとも匂いに恋をしているのか。

 答えが出せないまま深夜三時、私は鼻に悦を走らせて醜い欲望を満たしていた。

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