飛竜を狩る(2)
左右を高い岸壁で挟まれた谷に、50人からの集団が集められていた。
全員、刀剣類や石弓で武装している。彼らは、この地を治める領主に雇われた、いわば傭兵たちだ。
依頼内容はこの峡谷に住み着いた獣鬼の討伐。
ことの始まりは先月。
近隣の村々で馬や羊が襲われる事件が多発した。
当初、狼など獣の仕業と思われていたが、大型の家畜がその場で殺されずに連れ去られていることから、この地を治める領主は一連の家畜襲撃を大型のモンスターの仕業と結論づける。
「なぁ」
1人の傭兵が隣にいた同業者に話しかけた。
「あん?」
「おかしくねぇか?」
「何がだよ?」
「領地内のモンスター討伐になんで正規兵を使わず傭兵なんて雇うんだ?金の無駄だろ」
そう言った傭兵の装備は、鎖帷子に鉄で鍛えた剣と、お世話にも立派なものとは言えなかった。だが、使い込まれた様子から経験豊富な傭兵であることは一目瞭然だ。
他の傭兵たちも彼同様、使い込まれた武具を身につけている。
それが50人分だ。並大抵の出費ではない。
「知るか。損害を恐れてんだろ?俺たちは金はかかるが死んでも後腐れない傭兵だからな」
「でも獣鬼にそんな出費かけるか?」
「おかしいのはそれだけじゃないぜ」
「!」
別の傭兵が2人の話に割って入ってくる。
顔に大きな傷を持つ傭兵だ。立ち振る舞いからも歴戦の猛者といった感じの若者だ。
「獣鬼はモンスターなんて言われてるが、元は森の精霊だ。邪気をまとった精霊が凶暴化した姿と言ったらいいか」
「それがなんだよ?そんなんみんな知ってることだろ」
「森の精霊だぞ?そんな奴がこんなところに住み着くか?」
傭兵が集められた谷は渇いた土が広がる枯れた土地だ。
植物といえばペンペン草が少し生えてるくらいのものであり、とても森の精霊が住める環境ではなかった。
「住処から追い出された奴が住み着いたんじゃねぇの?」
「群れでこんなところに住み着くか普通?」
「群れ?1匹じゃねぇのか?」
「バカ。襲われた家畜の数聞いてなかったのか?1ヶ月で20頭以上だぞ。1匹で食う量じゃねぇ」
「マジかよ。群れでいるなら面倒だぞ」
「大丈夫だよ。後ろを見てみろ」
3人の傭兵たちは一団の後方に目を向ける。視線の先には一際大人数の傭兵の一党があった。
「連中《狼の牙》の一員だ」
「《狼の牙》つーと、あの傭兵派遣ギルドの?」
「ああ、資金がある連中だからな。あれを見ろ」
再び後方に控える《狼の牙》の一党をよく見てみると、彼らは荷車でなにやら大きな器具を運んでいる。運んでいたのは巨大な弩だ。
「あれ・・・大弩か!ひとつふたつ・・・3つもあるじゃねぇか!」
「連中、城攻めでもする気かね。まあ味方なら心強いが」
「あれがありゃ獣鬼の群れなんざイチコロだろ!楽勝だなこの依頼」
「馬鹿野郎。連中に手柄とられるだけだろ!俺たちも・・・!」
と その時、けたたましい音が谷に響いた。
「!今のは」
「警笛だ。敵と遭遇したか」
音は斥候の警笛だ。獣鬼の住処を探るために出していたのだが、警笛を鳴らしたということは間抜けにも見つかったのだろう。
「おっし!敵が見つかったようだ!野郎ども行くぞ!」
傭兵の誰かが叫んだのを皮切りに、50人からなる集団が次々と谷の奥へと突き進んでいく。
やはり傭兵集団など烏合の集まりらしく、作戦どころか命令系統すら存在しない。誰もが手柄を他人にとられるものかと我先に戦場に飛び込む。
だがーーー、
「な、なんだこりゃ!?」
「おぉ!?」
「うわっ!!?」
先陣をきった傭兵たちが驚きの声を上げて立ち止まる。
彼らの眼前に広がったのは斥候の血だらけの死体だ。横腹がばっくりと無くなっている。まるで巨大な顎で噛み付かれたような傷だ。
「な・・・なんで?獣鬼にやられたのか?」
「肝心な獣鬼はどこに行ったんだ!?」
「いやいやいや。獣鬼がこんな殺し方するか?見ろよこいつの傷。大鰐でもこんなきれいに人の腹食いちぎれねぇよ」
殺された斥候は鎖帷子を着込み、さらに革鎧も着用していた。そんな斥候の腹部が鎧ごと食いちぎられていた。通常のモンスターにはできない芸当だ。
そう、通常のモンスターには。
突如、傭兵集団の頭上が光った。と同時に、谷が火の海となる。熱風と火炎により一瞬で半数の傭兵が灰と化す。
「敵襲か!!?」
誰かがそう叫んだが、敵の影すら見えなかった。
そもそも、谷底一帯を一瞬で火の海にするなど火の薬品や魔法を用いたとしても不可能だ。
「なんだ!?一体なにが起こっている!!?」
慌てふためく生き残りの傭兵たち。
と その時、1人の傭兵が空高く滑空する黒い影を視界の端にとらえた。
「は?アレってまさか・・・」
緊急事態にも関わらず、その傭兵の視線は空の影に釘付けとなる。
陽の光を塞ぐほど大きな翼に、弓矢など到底届かぬ大空を縦横無尽に駆ける姿。
噂だったか、それとも伝承か。はたまた子供の頃のお伽話で聞かされたのか。
その存在を知る傭兵は、心の底から震え上がった。
「なにか獣鬼だ・・・領主の野郎。あれは・・・」
「この野郎!これでも食らえ!」
「!?」
同じく空の影に気がついた《狼の牙》の数人が空に向かって大弩を放った。大きな音を立てて槍のごとき巨大な弓矢が遥か上空にいる影に吸い込まれていく。
だが、空の影は容易く矢を避けるやいなや、猛スピードで地上へと突っ込んでくる。
「やばい!にげ・・・っ!」
次の瞬間、谷が再び火の海と化した。
火炎と熱風は谷底にあった全てのものを燃え尽くし、そして灰へと帰す。
まるで、地獄の底のそのまた底のような景色となった谷で生き残った傭兵は1人もいなかった。
そして、空にいた影は旋風を起こしながら地獄へと降り立つ。